2006-08-18
事故のないように NO 1600
朝早くから女性スタッフから電話が。彼女が担当している今日の2軒のお葬式のナレーションのチェックを頼まれた。
若い人達が創作するにあって、難しい部分が戦前、戦中、戦後という昭和の激動混乱期イメージの文章化、参列される方々が耳にされて瞬時に感じられるレベルとなれば簡単ではなく、軍務に奉職された方々の辛くて厳しかった現実を学ぶ必要があるだろう。
戦争体験を綴られた書物も多くあり、それらを繙くだけでも勉強になる。映画やドラマの世界とは異なる「重い」現実を知ることになるだろう。
映像、音楽で語る原稿と、そうではない原稿では使用する言葉に工夫が必要。目で見る文字、耳から入る言葉で思い浮かぶ文字、そのギャップを少なくさせる創 作配慮が大切。若い司会者達は技術ばかりに邁進する傾向があり、そんな注文を付けたら悩みの種が増えるみたいだが、それが成長のプロセスとして欠かせない 問題。明治、大正、昭和と生き抜かれた人生を美辞麗句だけで送っては失礼の極み。その人が何を残されて逝かれたのかを発見する仕事になればと願っている。
ちょっと手直しさせたのは、過日に書いた高校野球のこと。今、甲子園で熱闘を繰り広げているが、故人がこの世に生を享けられたのは甲子園球場が竣工した年、それだけで参列者に思い出の「かたみ」が伝達できるだろう。
さて、遠方に畑を有して自家栽培をやっている夫婦がいる。今日は立派なスイカを貰い、数日前にトマトとカボチャを届けてくれていた。
炊かれたカボチャが固くて食感が素晴らしく感動。冷やしたトマトを食したら「ワッ、トマトだ!」という懐かしい味。この数日、そんな幸せデーが続いていた。
その彼が、昨日に福井県の川に「鮎つり」に行ってきたそう。しかし水の汚れが原因で釣果が芳しくなく、帰路に琵琶湖産の鮎を買ってきていた。
その彼が今日のニュースで立腹していた。幼い頃から川で育ったところから自然の恐ろしさを知っている。上流で雨が降ったらどうなるかぐらいは最低限度の常 識と言い、中州にテントを張って夜を過ごす危険は基本的なミス。幼い子供をそんな事故に巻き込むなんて大人の責任。川や海で遊ぶことは自然の恐ろしさを教 えることが目的。それを学んでから楽しめばよいと嘆いていた。
ここにも「臆病であれ」という格言が「活きる」だろう。それは「生きる」ための生活の知恵でもある。
「川で子供を遊ばせる場合、もしも草履や帽子が流されてしまっても『追い掛けるな』と教えておくべき。そこから悲劇につながる事故が予想以上に多いから要注意だ」
山、海、川、そんな自然で「危険」という知識と知恵を学ぶと社会人となって必ず役立つし、親になっても孫を持っても、ずっと家族を守っていくことが出来ることになるのである。