2006-10-29

春の来ない冬はない  NO 1671


 真っ青な秋空、20分ほど近所の人達と話していると、もう曇り空。<雨が降ったらいけない>と、秋の空の諺を思い浮かべながら腰痛脱出のために少しだけ歩いた。

  昨日のテレビのニュース、道頓堀にある大阪名物「くいだおれ」の人形が、ある大学に招かれて1日入学。女将さんとタクシーに同乗する光景から、テーマで あった食文化のフォーラムで女将さんがお話しされているところや、道頓堀に立てられた「只今大学へ・・」という留守の挨拶看板まで報じられていた。

 そんな女将さんから頂戴する季節のお葉書が素晴らしい。数日前に「照葉の秋に」と結ばれた石榴の絵が見事で、次のように書かれてあった。

『その男の子が居る家には、石榴が沢山実っていた。父の「おつかい」に行った私に家の主は、一番大きな石榴をくださった。傍でその子がはにかんでいた。遠い昔の秋茜が光る頃だった。美しい秋、あなた様はいかがお過ごしでしょうか』

『石榴実の たわわなる庭 今もなお』

 美しい日本の文化を感じる文章に出会うと幸せを感じる。瀬戸内寂静さんが受賞された記者会見で「観音様が・・」と仰られ、如何にも人柄を物語る表現に感じたが、「文学」とは心地良い響きの言葉である。

 話題を急変させて恐縮だが、私が通う銭湯の湯に「ウコン」が入れられて紫色だったことが何度かあった。壁に掲げられた看板には「昔から高貴な色」云々とあるのだが、寂静さんが親授式で皇居へ行かれる際、召される僧衣装束で「紫」の色が物議にならないだろうかと心配が。

紫は上述のように高貴で皇室に深い関係がある色だ。寂静さんも天台の僧侶としての格式からすると紫衣だが、脈々と流れる皇室の伝統文化も意外なところに想定外の問題があるようだ。

 さて、今月末に締め切りとなる難しい追悼文の創作を何とか完成させた。600を少し超える短い文字数だが、非常に頭を痛めて苦心した割には完成度が低いように思われてならず、明日にやって来る依頼者の感想と意見を伺い、そこから考え直す思いもある。

 与えられたテーマが初めてのケース、構想に時間を掛け、一気に文章化したが「誰が喋る」という問題が苦悩で難関。さてどうなるかと心配が増えた。

  知人や塾生のブログを一回りしてきたが、塾生の一人が肩凝りと頭痛で苦しんでいた。手に痺れを感じる身で豪そうなことを言えないが、通っている病院や整骨 院の先生方の意見をまとめた耳学問によると「血流をよくする」ことと「歩くこと」が一番だ。それから枕の高さが意外に問題となっていることも多い。高過ぎ ると頚椎を痛めたり肩凝りがひどくなるのは確か。そんな時にはバスタオルを折って枕にすると効果があるそうなのでお勧めだ。

 全国で飲酒 運転の取締りを行ったそうだが、相変わらず多くの検挙者が出てしまった。命の教育不足以前に法の遵守が薄らいでしまっている。あちこちの高校で科目不足か ら卒業に差し支える問題も発生しているが、教育の現場がそれでは将来は真っ暗。校長のパワーハラスメントが原因で自殺された教師のことが報じられていた が、どうも過去の歪が表面化してきているように思えてならず、殺伐とした社会は冬モード。誰かが春を呼び戻したいものである。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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