2007-07-06

ちょっと昔へ  NO 1910


 ちょっとお疲れモードで休載の横着、何より眼に負担を感じ出したのが辛いところ。眼と足は老化現象が顕著に表れる部分だそうだが、まだ歩行に関しての問題は感じていない。

  これからナレーションの原稿を打ち上げるが、小さな文字が見辛くて眼鏡を使用。そんな作業が重なると、この「独り言」にも影響が生じ誤字脱字のオンパレー ドにつながってしまうが、何度も書いたように「書く」ことは恥を「掻く」こと、生きた証しとしてそのままに増えてきている。

 九州で記録的な大雨のニュース、水不足という問題がある反面にこんな皮肉な出来事が。自然とは、いつも人間社会に試練を与え教えてくれているような気がするが、被害だけは少ないようにと手を合わす。

 高校野球の話題だが、大阪桐蔭の中田選手がホームラン新記録のニュース、新聞を読んだら相手校を知ってびっくり、大阪市立生野工業高校だったから。この学校、正門まで私の自宅からすぐ近く、通学時間には多くの生徒達が我が家の前を通っている。

 今回、打たれて話題になったのだが、ふと過去ログに書いた昭和の名横綱と称された双葉山の連勝記録が69でストップした出来事のことを思い出した。

 双葉山を破ったのは「安藝ノ海」だったが、「よくやった」「歴史に残る」と騒がれていた彼に対して、親方が諭した名言「勝って騒がれる力士より、負けて騒がれる力士になれ」である。

 スポーツの世界に「勝った」「負けた」はあるが、加害者、被害者という対象にならないところが素晴らしいところ。対戦した歴史こそ人生の宝物になるだろう。

 夜、多くの弔問者が予想される御通夜の式場に行った。まずはメモリアル・ボードを確認、各お写真にとさりげなく入れさせた文字のイメージに問題はないかとチェック。そんな時、葬儀委員長さんがご到着、ご挨拶の後でびっくりすることを伺うことになった。

「社長、この写真だけど」と仰ったのは1枚のセピア調のもの。お二人の女性が笑顔で頬を合わせておられるショット。故人とご一緒の方を指差され「これ、私の母なのですよ」と教えてくださった。

 導師がご入場される前、ご遺族、ご親戚の方々がご着席された式場に委員長さんをご案内、皆さんに対して「お世話くださる委員長様です」とご紹介。続いて上述のメモリアルボードに秘められたエピソードを申し上げたら、ご親戚の方々も驚かれていた。

 一方で、ご遺族から昭和30年に撮影された8ミリの映像を拝借、ご家族の微笑ましい光景が何よりあたたかい感じ、明日の葬儀ではモニターで放映しようと考えている。

 最近に話題の「三丁目の夕日」が始まる頃、私が小学校3年生の時代。石原都知事が「太陽の季節」を発表、当時の流行語には「太陽族」「ノイローゼ」「オートメーション」があり、「山下 清」画伯の発言からだろうか「兵隊の位」という言葉が出てきていた。

  団塊世代には懐かしいところから紹介申し上げるが、この年に人気があった番組は「私の秘密」「日真名氏飛び出す」「サザエさん」で、「月がとっても青いか ら」「この世の花」「おんな船頭唄」が流行、映画音楽の名曲として知られる「エデンの東」「慕情」が国内で放映されていた社会背景があった。

 この演歌3曲だが、順に菅原都々子さん、島倉千代子さん、三橋美智也さんの持ち歌。今でもすべて歌える私が不思議な感じ。映画音楽の2曲は私の下手なピアノで奏でる曲でもある。

「日真名氏飛び出す」の記憶だが、確かいつもパイプを銜えていた私立探偵の活躍を描いたストーリーだった筈で、確信は出来ないが「暇な」と語呂合わせされていたように思える。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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