2007-07-21
不思議な記憶から? NO 1924
朝、我が家の庭の木で鳴くセミの声が聞こえた。今年、初めてのこと。しばらくするとと近くの公園でセミのコーラスが始まり、いよいよ夏本番を迎えたようだ が、地震の被害で困っている人達の存在を考えると気の毒でならず、行政の出来る限りの復興への支援を願いながら手を合わす。
春の淡雪、夏のセミなどは「命の短さ」を象徴する風物詩だが、この季節のもうひとつ
の風物詩である「夏の蛍火」が年々に少なくなっている現実が寂しいところ。子供の頃に何度も目にした「源氏蛍」が飛び交う幻想的な光景を懐かしく思い出してしまう。
幼い時代に田舎暮らしの経験のある私、自宅から遠くに見える山に不思議な現象が起きているのを何度か見た記憶もある。それは、いつも雨の降る日の夕方の光景で、中腹で光りの行列が移動しているものであった。
それを母に伝えると「狐の嫁入り」という言葉で返され、そんな不思議な出来事が既成事実のようで、珍しいことではないようだったようにも思えるが、今となっては、それが幻覚だったのかどうかは分からなくなってきている。
この「狐の嫁入り」現象は全国的にあちこちで言い伝えがあるようだが、最も多いのは天気が好いのに雨が降る状況のこと。それでも私の見たものは、今でも幻でなかったような気がしているのだから不思議でならない。
世の中には信じられないような出来事も少なくないよう。山登りが好きな友人が体験したことも興味深いものだった。
山岳クラブのような大層なものでないハイキングの会組織だが、数名で出掛けた山の中で小雨が振り出し雨宿り、少し霧が出てきたことから早く降りようと行動をしたら道に迷ってしまったそうだ。
携帯電話もない時代、頼れるのは方向性を示してくれる磁石と勘だけ。動き出してから2時間経っても自分達の居場所が全く不明。<遭難か!>と心不足なった頃、ふと一人の人物が「あれは!」と叫んだと言う。
指差す方向にチラッと見えたのは後ろ姿に見える人影、「ひょっとして地元の人かも?」と誰かが言ったところから全員が早足で追い掛けた。
薄らいで来つつあった霧の中に、うっすらとその姿が見えるのだが、いくら追い掛けても近付くことが出来ず、誰かが「狸か狐に騙されているのでは!?」と気持ちの悪い一言で全員がストップ、みんな、背筋がゾッとしたそうである。
それからそこを動かずに30分ほど恐怖の時間を過ごした頃、嘘のように霧が晴れ、すぐ近くを林道が通っているのが見えて助かったという出来事だが。
夏時間で暗くなる前に下山出来た不思議な体験に、「あれは狐より狸の善意の行動だった」との結論で一致している。参加者の1人が先祖から伝わる狸の置物を 飾り、毎日お酒を供えているという日課に対する「お返し」というのが物語りとして結びつき、それからずっとお供え続けているそうだ。