2007-10-22

いつか、彼の地へ  NO 2012


 銭湯での話題、女将さんの妹さんが組合の旅行で山口県へ行って来られたそう。

「どこで宿泊したの?」と尋ねたら、長門市内にある有名なホテル。そこで「金子みすゞ記念館も寄ったの?」と聞くと、「行った。よかったよ!」との感想。そこは過去にも書いたが、私が行きたいと思っているところである。

 夭逝という寂しい言葉があるが、素晴らしい才能が惜しくてならないのが作曲家の「瀧廉太郎」さんと詩人の「金子みすゞ」さんである。

誰もが名曲と称する「荒城の月」や「花」などはこれからも歌い続けられるだろうが、一方の金子みすゞさんの作品が採り上げられ、映画や曲になったことは喜ばしくて心から歓迎することだ。

 数日前、ある方から伝記映画「みすゞ」のDVDを拝借したが、同封くださっていた10月13日付け朝日新聞の特集記事を読みながら勉強になり、そのご配慮に手を合わせ、深夜にでもゆっくりと観賞させていただこうと思っている。

「命を愛する風土に育つ」「愛の旅人」との大見出しがあり、「大漁」と「鯨法会」の解説記事があったが、彼女の筆名である「みすゞ」が信濃」にかかる枕詞「みすずかる」からと知った。

 山口県長門市にある「金子みすゞ記念館」の最寄り駅は「仙崎駅」だが、その地名を目にしたり耳にすると思い出す印象深い葬儀があった。

 2年ほど前だが、亡くなられたご主人の故郷が仙崎で、お通夜と葬儀当日の返礼品として弊社が段取りした商品の他に、ご親戚の人が車で大量に運んでこられた現地の産物をご一緒に入れられ、皆さんから大好評を博した出来事があったからである。

 もちろんナレーションでそのことも伝えたが、その際に「金子みすゞ」さんのことに触れなかったことが残念で申し訳なく、私のこれまでの悔やまれる出来事のひとつとなっている。

 過去ログにあるが、私が彼女の詩に出会ったのは「プレジデント」という雑誌の中の特集記事。記憶が定かではないが30歳前後の頃だから、約30年前のことになる。

 夭逝されるまでの紆余曲折の人生に涙し、残された作品の素晴らしさに衝撃を受け、それを見出されて世に紹介をされた人物に心から拍手申し上げたことを憶えている。

「記念館に一緒に行きましょう!」という人達が数人いるが、みんなが揃って行ける日は難しく、それぞれがそれぞれのスケジュールに合わせて行くことになるだろうが、私が行く時は、必ずこの「独り言」で「公開」をすることにし、前述の「後悔」の解決にしたいと考えている。
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