2007-11-02

親切な方に感謝の合掌を  NO 2023


 昨号で腰痛のことを書いていたが、朝からご心配くださった方からお電話やメールを頂戴して恐縮。

「明日は祝日でも『タオ治療院』はオープンしていますが、予約でいっぱいです」とのお知らせもいただいたが、来週にでも時間調整をして京都へ行こうと考えており、それまでは銭湯の電気風呂で対応することにした。

 一方で、スタッフからの電話。「メールで資料を送りました。ナレーションを早急に」と言う。時間を確認すると創作時間は30分が限度、情報が少なく調整しなければならないところが想定され、式場に行ってから整理することにして式場へ行った。

  式場に到着するなり「お寺様控え室へご挨拶を」と要望され、喪主様を伴って担当してきたが、階段を上って息切れがしたことと腰痛の影響もあり、正座して発 声する声に元気がないのが自分でも分かる。案の定、終えた時点でご導師から「大丈夫ですか?」と、ご心配のお言葉を頂戴した。

 開式まで の10分でナレーション原稿を変更し、ナレーターを担当する女性スタッフに目を通させたが、急な創作で誤字に脱字のオンパレード。ご読経が始まってから順 にチェックしながら直しておいたが、それでも幾つか間違っており、本番で文章の先を目で追いながら<しまった!>という箇所を発見。<間違うな!>と祈っ ているとうまく通過してホッとした。

 プリントアウトしていないこんなケースは危険な問題を秘めている。何かの原因でパソコンが閉じたり 故障したら大変なこと。そんな場合は私が代わってアドリブとなるが、昨夜のお通夜での謝辞代行、予定しなかった昔話の時代背景を原稿なしで始めてしまい <しまった!>と思ったが、不思議と記憶してスラスラと出てきたので自分でも驚いた。

 大正の初めから昭和の「三丁目の夕日」の時代までの出来事を、年表的に記憶するように取り組んでいるのだが、昨日も、帰られる弔問者から「あなた、あんなことが頭の中に入っているの?!>と驚かれていた。

 正直に打ち明けると、故人がご誕生されたその年のことは完全に覚えていたからだった。

9 月21日の室戸台風の悲惨な出来事、東海林太郎さんの「国境の町」と「赤城の子守歌」発表、10月のベーブルースの来日、翌月に現在の巨人軍の前身である 大日本東京野球クラブ発足、開襟シャツとパーマネントの流行、そしてお酒1本1円48銭、レコード1枚1円60銭、お蕎麦10銭という当時の物価を申し上 げると皆さんが不思議そうな表情だったので印象に残っているが、それは、メモを見て行う場合と全く異なる雰囲気が生まれていたことは確かだった。

 そうして挑戦していくことで頭の中の引き出しが増え、ボケ防止にもなるような気もする。ネットで流行の脳内検査をしてことはないが、ひょっとしたら「歴史」の文字がいっぱい出てくるかもしれない。

 さて、今日は、記憶しておかなければならないことがあるので書いておこう。仕事を終えて次の目的地へ向かっている時に会社から電話が。手押し車を押して歩いていた母が倒れ、近くのお店の人が会社へ電話をくださっていた出来事があったから。

 すぐに母の家に急行したら食事の準備をしていたので安堵したが、どうやら急な血圧低下が起きたようだった。

 夕方、私の服用している薬が切れたので真向かいの医院へ行き、横着なことだが先生に母の症状について考えられる問題について教えていただいてきた。

 先生のお話では脳の問題ではないそうで、高齢に生じる心臓に関する兆候の可能性が強いらしく、来週に検査をしていただこうと思っている。
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