2007-12-16

思い送るとは?  NO 2065


  強風で我が欠陥住宅が揺れている。そんな中、昨号で佐世保の事件に触れ「自殺をしてしまったとしても」と書き、それから4時間ほど経った頃に自殺したと ニュースで知って驚愕。それ以上の被害者が出ないことだけが救いのような気がしたと同時に、被害者となった人達や家族の方々があまりにも気の毒に思えてな らず手を合わせた。

 こんな現実の打破には法律、政治ということになろうが、党や自身の利益ばかりを追求する政治家達には無理なこと。教育の根底から考えなければ国家悲劇に至ると真剣に取り組んで欲しいものだ。

  突然に「遺族」と呼ばれることになった家族、その方々には周囲で普通の生活をしている人達が理解出来ない状況に陥る。食事をしている人、楽しそうに電話を しながら歩いている人、そして笑っている人達を目にすると信じられない怒りが生じてしまうし、被害者と同じ年代の人のすべてや耳に入る音楽さえも怒りの対 象になってしまうもの。

 時が悲しみを癒すなんて言葉は奇麗事かもしれず、現実は悲惨そのもので心身に異常を来たすのが普通。専門家は、それを「悲嘆」という言葉で表現している。

 過去に何度か書いたが、怒り、孤独感、自責感、絶望感などに苛まれ、時には幻覚や幻聴さえも体感することになる。

 最近に話題の多い「鬱病」では「励まし」が厳禁と言われているが、悲嘆にくれる人も同じで、悲しみを共有することしか出来ないもの。そこから始まる過程の中に「思慕感」が生まれ、自分の悲しみの現実を知る人に親近感を覚えることを知っておきたいもの。

「私が悲しんでいた光景を知っているでしょう?」という問い掛け。それは、葬儀を担当した我々にも向けられるもの。その理解をするだけでも様々なサービス提供が見つかる筈。故に葬儀社は「思慕」の対象にあると考えたい。

 そんな事実を物語る出来事が東京発信の「若葉の・・」というブログにあった。派遣された女性司会者である彼女が担当した葬儀、そこで喪主を務められた奥様との交流が始まり、その後、何度かお茶や食事をご一緒しているそうだ。

 彼女は「やさしさ」を自然に感じる司会者。外見にもその人柄が表れており、そんなフィーリングを与えてくださった「ご両親に感謝をしなさい」と言ったこともある。

  これまで全国から多くの司会者達が来社、それぞれの個性を活かすべきと指導を行ってきた歴史があるが、「やさしさ」とは技術で解決できる問題ではなく、本 質から自然に生じ滲み出る現象と教え、そこに「人の悲しみ」を理解しようと努力する姿勢が何より重要で、そこに気付いた人達が成長に至ったとも言える。

 技術ばかりに走り、そして溺れてしまった司会者を山ほど見てきた事実もあるが、そのキーワードに気付いただけで原点に戻って成長が始まることを知りたいもの。

この「独り言」を覗いてくださる司会者さん、どうぞ「やさしい」司会者を目標にご精進されることを願っています。
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