2007-12-26

気の心 気は心  NO 2074


 東北で震度3の地震速報、最近、どうも地震が多くて気持ちが悪い。地球上で激震が発生しないことを祈りたい。

 深夜のNHKニュースが終わって気象情報、そこで北海道の冷え込みを伝え、今冬初の零下20度を記録するとのこと。厳しい北国の通夜や葬儀のことを思い浮かべながら、多くのご遺族を担当するメンバー達の健勝を願って手を合わせた。

 風邪の症状が芳しくなく医院で点滴をと考えていたが、いつまで立ってもナレーションの取材資料が届かず行けなかった。

 そんなスタッフのあまりにも遅過ぎる対応に腹立たしい思い。取材資料に目を通しても、人生の重みの部分が欠落し、それを「推考」と「推敲」でフォローするしかなく、ギリギリの時間の中で完成を急いだ。

 そんな原稿には意外なミスというよりも、初歩的で基本的なミスという落とし穴があるもの。そこに気づいたところから、本番の最中にナレーターを担当する女性スタッフの耳元で伝えたが、何とかクリア出来てホッとした。

 実のところ、体調からも、私が司会を担当する予定ではなかった。しかし、虫の知らせと言うのだろうか、何か気になって式場に行ったが、もしも行っていなかったら大変な問題に発展することになっただろうと想像する。

 お寺様との打ち合わせ、そこでスタッフでは不可能だった二つの問題が発生、どちらも対応して解決したが、そんな秘められた出来事をスタッフの誰が知っているのかと考えると風邪ではない寒気を感じた。

 マンネリの中に生じるミスほど恐ろしいものはない。簡単なこと、当たり前の部分にこそ取り返しのつかない危険性を孕んでいる。その恐ろしさを知っているからこそ「仕事」という言葉が存在するのだろう。

 基本的なことの積み重ねこそプロの仕事で、「もう出来る」「誰かがするだろう」「何とかなる」なんて思いはミスの温床につながる問題、それらが全体の流れにあって「段取りの悪さ」という結果を迎える。

  最近「KY」という空気が読めない言葉が話題になっているが、それらは我々の仕事の世界にでも気をつけたい問題で、例えば接待担当スタッフが「お茶」や 「お手拭」を差し出すタイミングにしても、会場空間を式場空間に神変させようとする時間帯にされたら打ち壊しだし、サービスとは差し出すより回収の方に重 きを感じる機敏さが求められる筈だからだ。

 司会のコメントで「ご親戚でご焼香のお済みでない方は?」と、問い掛けをする光景があるが、その最中に動きながら声掛けをする会場スタッフを時折に見掛け、同じ案内言葉が重なって何のことかご理解に至らない場面にしてくれるなんて最悪の「KY」であろう。

 同業者の社長達との交流があるが、そこで交わされる会話で多いのがスタッフの勝手な思い込み行動の悩みであり、中で目立って多いのが「お客様が仰られたのでその通りに」ということで、それ以上の提案が出来なかったのかという疑問である。

 司会者もスタッフも同じであるが、客観的な立場でプロデュース出来る能力が求められるのが我々「葬儀」という仕事。自身が「まだ育っていない」という謙虚な姿勢がなければプロの域には到達できないと断言する。

 今日の結びだが、ご仏縁で結ばれ、私の身体の苦痛を劇的に改善してくださったタオ指圧に心から手を合わせている。今日も今年最後の施術を受けてきたが、その心地良さにいつの間にか眠ってしまって先生に失礼をしてしまった。

  リラックスしている証しだろうが、それは「タオ」という世界では当たり前みたいで、施術者と受ける側の「気」の自然な交流こそに「奇跡の手」と称される 「気心道」が生まれるようであり、ひょっとしたら眠ることで患者側の発信が薄くなってしまうのでは?と思っているのである。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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