2008-01-14
時代の調べ♪ NO 2092
出掛けていた先で喫茶店に入ったら、スピーカーからエルビス・プレスリーの歌で「好きにならずにいられない」が流れてきて懐かしい思いが。
あるホテルで行われた大規模な「お別れの会」で、奥様がご用意されたCDの中から選曲したのがアレンジの異なる「ラブミー・テンダー」で、高い天井の広い会場に不思議なひとときが生まれ、奥様が何とも言えない表情で涙を流されていた光景も思い浮かんだ。
彼の全盛当時、歌を聴くだけで失神したという女性が世界中にいたそうだが、私も彼のレコードをたくさん所有していたこともある。
そんな彼がこの世を若くして去ったのは、1977年8月16日。その日、ブラジルのサンパウロの空港で見た新聞の一面に、彼の写真が大きく掲載されていたので訃報を知ることになった。
生活習慣病と運動不足からびっくりするほど肥満だった晩年だが、あのフィーリングは彼独自の世界。ロックンロールから始まり、大人の雰囲気の感じる曲を歌い出した頃が特に印象に残っている。
音楽の話題が出たついでに昔話を書いておこう。私がギターに興味を抱いて挑戦したのは「若大将」の影響からだが、電子オルガンを習い始めたのは当時に耳にした外国の曲に衝撃を感じたからだ。
ベンチャーズの「十番街の殺人」の中に出てくる電子オルガンの音色、そしてグループ名は忘れてしまったが「テルスター」という曲を聞いたことから<やりたい!>と思い、そこからハモンド・オルガンを習い始めた。
姉がピアノをやっていたこともあり、小さい頃から鍵盤を叩いてこともあったが、何と言っても足で踏むベースに苦労した思い出が懐かしい。
習いに行った初日、先生が出された楽譜はビートルズの「オブラディ・オブラダ」で、あの独特のリズムを手と足で同時に音を出すのに大変な思い。頭の中で考える行動が何より妨げになっていたことを一ヵ月後ぐらいに知ることになった。
人生いつの時代にも思い出の曲がある筈。クラシックの名曲もそうだが、素晴らしい旋律の歌は初めて耳にした時に衝撃的に残り、すぐに口ずさんだり楽器で旋律を弾くことが出来るものである。
そんな強烈なインパクト受けた曲がいっぱいあるが、スプートニクスの「霧のカレリア」や、バンジョーの音色が何とも言えないイメージを与えてくれた「ワシントン広場の夜は更けて」もそうだった。
中学生の時代、ラジオから流れてきた歌にドキッとしたこともある。「ヘレン・ジャピロ」の歌う「悲しき片想い」で、彼女は当時のイギリスを代表する歌手。ビートルズが前座を務めたこともあるという存在だった。
この曲は、やがて弘田三枝子さんの日本語バージョンでも大ヒットしたが、「悲しき雨音」や「悲しき少年兵」など「悲しき」がタイトルに入った曲がしばらく続いて登場していた。
ポップス調ブームからしばらくすると「フォーク・ソング」や「グループ・サウンズ」が大流行。楽器店にフォーク・ギターやエレキ・ギターがいっぱい並んで いた光景も憶えているが、私は、どうしてもあの「かたち」が嫌いで、ずっとクラシックギターに拘り、楽器店に依頼をしてマイクを内蔵することに行き着い た。
考えてみれば、昭和の初めに誕生された方々が80歳を迎えられている。戦前に少年時代、そして伴侶との出会いが戦後から「三丁目の夕日」の時代になり、当時の曲がご夫婦共通の思い出となっていることも多く、それらは会合で耳にするカラオケの選曲からも明らかである。
並行して大切に考えたいのが「映画音楽」で、音楽や映画は、視聴の瞬間にその時代の郷愁に浸れる便利で不思議なパワーを秘めているものだが、どうも男性の方がロマンチックな思いが強いような気がしてならないこの頃だ。