2008-01-25

身も心も寒かった  NO 2103


 北国に猛烈な暴風雪、「爆弾低気圧」とか呼ぶそうで、台風並みに荒れるニュースの光景にびっくり、多くの休校や交通機関の乱れで大混乱していたようだ。

 我が大阪も早朝に強い雨、日中には18メートルの強風が吹き、お陰で体感温度が冷たくて震え上がった今日、葬儀の式場でも外の方々が大変だった。

 ストーブをあちこちにセッティング、「お手持ちのコートをご遠慮なくお召しを」とアナウンスすると同時に接待スタッフが「どうぞ」と声を掛けたが、何とか問題なく終わったようで安堵した。

 交通警備の女性スタッフ達に「ご苦労さん」と伝え、タクシーを求めて歩いたら、昨日と同じで1キロ以上を歩くことに。コートを置いてきたことを後悔したがどうにもならず、ブルブル震えながらやっとタクシーに乗れた。

 そのタクシーで、つい「うっかり」のミス。気付いた瞬間に背筋がぞっとして頭の中が混乱した。携帯電話を車内に落としてきてしまったのである。

 もう一つの携帯電話で事務所スタッフに連絡、幸いに降車時に貰った領収証があり、そこに社名、電話番号、車両ナンバーが記載されている。それらを伝えてイライラしながら後悔を。

 考えてみると、どうやらポケットから滑り落ちたようで、最悪のシナリオを想定したのが私の後に乗車した人物のこと。<悪い人でないように!>と祈りながら、30分ほど血圧も上昇していた。

「発見できたそうです」と電話があったのは、そのすぐ後。本社に届けてくれるというので「何か御礼を!」と頼んだが、一気に疲れが出ると同時に背中の冷え込みを厳しく感じた。

  夕方、スタッフから「御通夜へ」と電話が入った。自宅近所の方のご不幸だが、2年5ヶ月もの闘病生活。いつも自転車で走行されていたお姿を思い出したが、 ご遺族がびっくりされるほどご近所の方々がご弔問に。開式直前に喪主様が「何とか!」と仰ったのが弔問者全員への「通夜ぶるまい」の料理手配。ご当家と交 流のあるお寿司屋さんの電話番号を確認してスタッフが注文を。

 予定外のことからテーブルセッティングなどが大変だったが、そんな事情を皆様にお詫びを兼ねて説明申し上げ、「喪主様が懇願されていますから」ということで全員を何とか別室にご案内した。

  今日、故人がご誕生された大正6年のことを調べていて気付いたことがあった。私の中で記憶が停止していることを知った出来事だったが、それは偶然にも昨号 に書いたケネディ大統領のこと。暗殺されたのは高校時代だったが、大統領が誕生されていた年も大正6年だったのである。

 考えてみれば別におかしくないのだが、大統領と自身の当時の年齢が固定しまっており、「そうだったのか!」と再認識、それは弔問者の皆様も同じだったみたいで、「えっ!」というようなご表情に包まれていた。

 大正6年生まれの著名人を調べたら、舟木一夫さんの大ヒット曲「高校三年生」を作詞された「丘 灯至夫」さんもそうだし「山田五十鈴」さん、「浜口庫之助」さん、「柴田錬三郎」さん、「ナット・キング・コール」さん達のお名前があり、懐かしくも複雑な心境にもなった。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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