2008-04-19

止んでくれた雨  NO 2181


 深夜は猛烈な嵐、午前中に天候が回復するように祈りながら浅い睡眠で過ごした。

 目が覚めてからシャワーを浴び、パソコンを開けてナレーションの創作を始めたが、強い雨、小雨、止んでいる場合の想定を考え、3バージョンの内容で組み上げておいた。

  大雨の降る中、テントの中で待たれる方々のご心中を拝察すると、どんな素晴らしいナレーション原稿でも歓迎されることはなく、<せめて小雨であって欲し い>と願いながら原稿を打ち上げメールで本社に送信、それから友人の喫茶店に立ち寄り、本社からの迎えの車を待っていた。

 お通夜に伴ったスタッフは男性が2人に女性が1人だったが、今日の葬儀には3名の女性が随行し、ミキサーとナレーションの一部、そして弔電の手伝いをしてくれた。

 やがて開式の少し前、葬儀委員長さんと喪主さんを伴って庫裏のご寺院控え室にご挨拶。定刻より5分過ぎにご案内に参りますと打ち合わせを行った。

 その頃、幸いにも小糠雨状況。空を見ると少し明るくなるような兆しも感じられ、内心で「大丈夫のよう」とプラス思考で本番モードに。指示を伝え、ご導師と法中の皆様が御出立、ご本堂のお席に着座されたのは開式時刻を10分過ぎる時間であった。

  BGMの選曲はチーフ・パーサーに任せたが、開式前にナレーションの文中にある「ご家族からのメッセージ」の部分を担当しなさいと命じたら驚いた表情。何 十社もの葬儀社関係者や司会者の人達が参列する中でマイクを担当するなんて緊張するのが当たり前、ただ「出来るから、しっかりやりなさい」とだけ伝えてお いた。

 本人には、まさか「指名される」とは思ってもいなかった筈。だからこそ緊張する体験が成長につながるということになるのである。

 少しだけ「噛んだ」ところがあったが、懸命にナレーターを努める姿勢がプロらしくない味を生じ、それがメッセージらしく感じられるのでキャスティングをした訳だが、予想通りの展開になってプロデューサーの立場から分析すると合格点には達していた。

 司会を担当した「ご仏縁」から火葬場まで随行することにし、リンカーンの白木霊柩車の助手席に乗って瓜破斎場までご一緒に。

 炉前での儀式を終えて皆様をお見送り。その10分後に弊社のお客様が2人の女性スタッフの案内でご到着。炉前での私のパターンを体験させてから「御斎」の会場である近くの料亭へ行った。

 そこでも「日本の文化は神仏と共食」という哲学自論を披露、現場での実地研修ということにもなっただろう。

  さて、今日の結びに「マンネリ」の中で恐ろしいミスを犯してしまうということに触れておこう。それは、「御斎」会場となるどこの料理屋さんでもやってし まっている行動なのだが、数日前に社内研修でそのことに触れておいたので、実際に担当された上品な感じの仲居さんに指導をしておいた。

 火葬場から到着するハイヤーやマイクロバス。彼女達は「お待ち申し上げておりました」「お疲れ様です」というような歓迎の言葉で接するが、ここで「お預かり申し上げます」と言ってご位牌とご遺影を独りで受け取るという行動に「失礼だと気付きなさい」と教えることに。

 独りで担当すれば間違いなく片手で受け取る場面が生じる。ご位牌やご遺影を片手というのは絶対にやるべきことではない。何より「御斎」の会場の主人公が「故人」ご自身であることを知って欲しいではないか。

 スタッフが2人で1人ずつなら両手が可能だが、出来たら会場となる部屋までご遺族にお任せし、ご安置するところまでサイドでフォローする役割が理想だろう。

 やさしい言葉で指導したつもりだが、どこでも「怖~いオジサン」と誤解されているようで、今日の仲居さんから「初めて知りました」「当たり前のことですよね」「勉強になりました」との言葉が返ってきたが、その料理屋さんの社内研修で徹底していただき問題である。
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