2008-06-07
急変する業界 NO 2218
講演とは一方通行で話すものだが、一般の方々向けの場合には出来るだけ質疑応答の時間を設け、そこに出て来る素朴な質問こそに気付かなかったヒントが多く あり、これまでの大きな学びの礎となってきた歴史があるし、それらを新しいサービスの「かたち」として具現化したことでお喜びに至ったことも多くある。
また、全国各地からやって来られる司会者の人達への研修でも、その地域での慣習や現状を知る貴重な体験ともなり、何より勉強になるのが失敗談である。
これまでに何度も書いたようにマンネリの中で発生したミスほど取り返しのつかない問題が多く、基本的なチェックを疎かにしてしまった時に予想もしなかったミスをやらかしてしまうことも少なくない。
最近の傾向としての特徴に、評価の高いお寺様とそうでないお寺様との格差の表面化が問題視されつつあり、後者の場合には旦那寺や菩提寺の存在であっても 「推薦出来るお寺様を紹介ください」と依頼されて困るケースも増え、歴史ある「檀家制度」が脆くも崩れ去ってきている事実に寂しい思いを抱く昨今でもあ る。
「お人柄第一で」「格式なんて考えませんから」なんてお言葉でご紹介を申し上げるのだが、ご遺族からは勿論のこと、ご親戚の方々から 「お人柄の感じられるお方でよかった」なんてお言葉が返ってくると嬉しいものであり、ある意味、縁結びの仲人ではないが、お見合いから結婚式につながった 以上に責任感の重い紹介となり、そこからずっとつながるご仏縁という絆の太さに手を合わせている。
同じ宗派のお寺様でも個性というのだ ろうか、教義に関して異なるお考えがあるので驚くケースも少なくない。お寺の格式から檀家総代のお家の葬儀以外は七条の装束を付けられないというご住職も おられ、副導師や他のお寺様達が七条を召されている中で五条袈裟というアンバランスな光景に違和感を感じられた檀家さんも多くあった。
「弔電は、参列者に失礼だから一切読むな!」と仰るお寺様も全国各地に多くおられるし、「開式の言葉と閉式の言葉以外は喋るな!」と仰るお方もあちこちに存在されることを全国に点在する司会者達からのメールや手紙で知っている。
故に、そんな問題で悩む司会者がいっぱいいるわけだが、私のアドバイスは誰もが驚く内容で、その実行にはかなりの度胸と勇気が必要なものである。
しかし、ここで内容については秘匿するが、「そんな考えがあったか!」と意識改革につながり、ご海容くださったことも少なくない事実もある。
仏教形式の葬儀にあって最も大切なお立場にあるのが導師を務められるお寺様の存在だが、最近の家族葬増加や顕著な檀家離れという現実の傾向の中で、どんな 式次第で進めたら遺族や参列者の理解が深まるだろうかと真剣に問われるお方もあり、導師が際立つ式次第になるシナリオを描くことも増えてきている。
宗教者とは特別な存在の方々だが、ある意味で「究極のサービス業的発想」も必要だろうし、その背景に「不幸な人を少しでも不幸でないように」「人を幸せに」というハートがサービスに昇華されることになればと考えてしまうこの頃である。