2008-07-02
祓い清め NO 2240
自宅に届いた郵便物に挟まれた一枚のプリントに目が留まった。それは近くにある天理教の大教会の人達がポスティングされたもので、「心のほこり その四 憎い」というタイトルで次のように書かれてあった。
『人を憎むのは良いことではない知りながら 日々つい 憎む心を使いがちです』
『虫が好かんといっては罪のない人を憎み 過失や粗相をしたからとて 人を憎み 気に入らないことを言われたから 自分を理解してくれないから 結果が面白くないからと相手を憎む どれもが自分本位の考え方から生まれ わがまま気ままが原因のようです』
『苦言や忠告は 耳に嬉しくなくても 思うが故の真心からだと 善意に悟れば 憎いと思う心は喜びの心にかわります』
『明るく澄み切った日々を送れるよう わがまま気ままを謹んで 互いに思いやりの心を育てましょう』
上記は原文のままだが一切句読点はなく、漢字の大半にルビがあり、『悪しきを祓うて・・』という教えの一文も思い出していた。
句読点のない文章で思い出したのが谷崎潤一郎作の「春琴抄」の文体。10行ぐらいも句点がなかったり改行されることも少なく、ページの中に空行があるような特殊な文章形式で、確か実験的という意味もあったように記憶している。
明治時代の大阪道修町の薬問屋を舞台にした悲恋純愛物語りだったが、昭和8年の原作発表から何度か映画化され、その当時の人気俳優が演じており、最も新しいところでは三浦友和さんと山口百恵さんが演じており、宝塚の舞台でも「殉情」との演台で何度か上演されている。
ちょっと有り得ないストーリーだが、谷崎文学らしい筆致で人間の持つ奥深い世界を描いた物語で、携帯電話やメールが当たり前になっている現在では、絶対に発想不可能な構成のように思える。
しかし、田中絹代さん、京マチ子さん、山本富士子さんと昭和の美人女優として歴史に残る方々が演じられた背景には、純愛という人間愛の本質に共感を覚えられた方々の人気があったことも事実であろうし、テレビのない時代の映画だったからこそかもしれない。