2008-09-02
ちょっと気になること? NO 2263
お好み焼き店に入ったら、取引先である花屋さんの奥さんにバッタリ。「誕生日は?」と質問されて答えたら、何と彼女と1日違いで私が先輩だった。
「嘘でしょ!」と信じてくれないので持っていた健康保険証を見せたら驚かれ、そこからご機嫌になってお気に入りというチューハイを飲まれ、「味見する?」と勧められたが飲めないのでご遠慮。そこで、また「嘘でしょ! 飲めないの?」と疑惑の詰問に発展した。
さて、福田首相が辞意を表明したそうでびっくり。問題や山積みの我が国の将来がどうなるの?と危機感を抱く。
最近、原点や本義を理解せずに安易な発想で行動を始めるケースが目立ち、それはないだろう?ということが多くてちょっと一言。
数年前から「香典辞退」という葬儀が増え、現在では7割ぐらいが「辞退」という現実を迎えている。
私のプロとしての哲学からすると、社葬や団体葬を除いて、香典は受け取るべきもの。「返しが面倒だから」という思いから辞退するケースが増えたのだが、それらは「家族葬」の流行と共にパーセンテージが上昇したとも言えるだろう。
香典の意味については何度か過去ログに書いてあるので省くが、純日本的な互助精神を背景に成り立ってきた社会慣習が、変革の道を選択してきた流れの中に大きな疑問を抱く昨今である。
香典には「お返し」が付きものだが、3割返し、5割返しという言葉も存在し、「上に薄く、下には篤く」という歴史の流れがあることも知っておきたいものである。
分かり易く言えば、高額の方には少なくてもよいが、少額の方には多く返しなさいという考え方で、そこには日本的な美しい心の教えという伝統が引き継がれてきたような思いがする。
ふと、ある週刊誌を開いた。ページを進めていって目に留まったのが「日本財団」の広告。香典返しを止めて財団へ寄贈をというものだった。
ちょっと気になってネットで調べたら、その発想を多くの団体が謳っており、「つまらない品より思い出を」なんてコピーもあった。
ここで勘違いして欲しくない問題があるので提起するが、本来の「お返し」の分を寄贈するとは横着この上ない考え方で、香典を供えられた人達にこれ以上の失礼はないと理解するべきである。
誤解をされる方が多いのでアドバイスを申し上げるが、例えば合計100万円の香典を拝受され、それぞれの方に一般的に言われる半返しをされた残り、即ち 「利益」的部分を寄贈されるのは本当の意味での「寄贈」だが、半返しの分を寄贈するのはあまりにも勝手な行為であると知るべきである。
寄贈者には人数分の領収書を発行しますという団体もあるが、香典を供えられたご本人が満中陰挨拶状に添付された「寄贈しました」という趣意書や領収書を見 られた際に抵抗感が生まれるのは当たり前の話。高額な寄贈で感謝状を受け取ったというケースも知っているが、他人に返さなければならない分を寄贈して感謝 状とは信じられないやりとりとなるだろう。
自然保護団体、犯罪被害者、小児ガン、交通遺児など寄贈する先はいっぱいあり、社会貢献につながる立派な行為であるとは理解するが、前述したように、返すものを返し、利益部分を寄贈するのが本来のマナーであると考えたい。