2008-11-14
眠れぬ夜に NO 2313
日付が変る前に銭湯へ。この時間は結構お客さんが多く、脱衣場にも先客が8人おられた。
浴室に入ると真向かいの医院の先生が「水風呂」に入っておられてご挨拶を。ダイエット目的で夜遅くに歩いておられるそうで、終わってからのサウナと水風呂がご日課のようだ。
水風呂だけは苦手。入る勇気も度胸もない私、いつもの温い湯船の中で足の運動をやったら息切れ気味、ちょっと激しくやり過ぎたようだ。
さて、前号で書いたお葬式だが、三重県からご来臨のご導師さんが凄かった。それは決して悪い意味でなく、ご読経の一区切りのところでご読経や作法の解説を してくださったり、同じ地域からご参列の親戚さん達もご一緒にお経を唱えられていたお姿にもびっくり、会葬者全員参加形式の葬儀は私が理想と考える世界、 その中の宗教的部分にあって大きなヒントを頂戴した体験ともなった。
我が大阪は何でも略式が多いが、今回のように「本式で」としきたりの異なるケースは神経を遣う。メイン司会を担当した女性司会者もかなり緊張していたみたいだが、ナレーションについては完成度が高かって安堵した。
口内炎で苦しんでいる状況の私、弔電の代読と消灯の時の問い掛けバージョンのナレーションだけを担当したが、やはり声の通りはもう一つだった。
今日のご葬儀は遠いところ。体調を気遣ってくれて任せることにしたが、問題がないようにと手を合わせていた。
さて、正倉院の展示会の最終日に妻が行き「超満員だった」と言って帰宅したが、私は日本の現在の仏教寺院に関して大きな危機感を覚えている。
薬師寺の遺構が発見され東大寺よりも大きいというニュース発表もあったが、歴史や観光につながる寺院ではなく、街に在するお寺で檀家さん達を有されるお寺のことが心配でならないのである。
大都会の葬儀では、3名、5名というように複数のご人数のケースが極めて少なくなり、大半がお一人という現実となってしまっており、その傾向はいよいよ強くなりつつ昨今である。
また、一部の互助会や悪質葬儀社の行動には檀家制度を無視するケースも増え、旦那寺のご住職が知らない内に檀家さんが葬儀を終えており、「初七日から参っ てください」ということも少なくなく、一方では、生前戒名を受けられ、お寺の境内にあるお墓に朱文字で刻まれてあるにも拘らず無視され、異なる戒名を授与 されたという信じられない出来事も起きている。
もちろん担当する葬儀社が悪く、プロとして大切にしなければならない「お家」と「お 寺」の繋がりという伝統を無視する横着な行為で批判されるべきだが、それをお受けになるお寺さん達の存在があるのも事実で、そこにネットの中に目立ってき ている「葬儀ビジネス主義の宗教者」の横行が拍車を掛けているようだ。
「何宗でも受けます」というそんなお寺さん達からのメールやパンフ が届く時代に寒々しい思いを抱くが、それらに共通して表記されているのが「お布施」の低額。情報社会の到来にあって「そんな時代」「大歓迎」と割り切る人 達も出てきたみたいだが、殺伐とした事件増加の背景にそんな事情が秘められているような気がしてならず、「弊社は本物」の姿勢を貫く思いをますます重視し たいと考えている。
明日は、遠方から女性司会者が来社する。どれだけ成長したかも楽しみだが、技術だけではなくプロ司会者としての信念と哲学の一部を伝授したいと思っており、それが理解できたようなら終了証を授与するつもりである。