2008-12-24

歳の瀬なのに  NO 2331


  この数日、ずっと咽喉の調子がおかしい。風邪の症状によく出る扁桃腺の炎症のようだが、微熱があるので朝から医院へ行こうと思ったら祝日でお休み。本当に 休日に限って調子が悪くなるという皮肉なめぐり合わせ。お陰で自宅養生となり、今、銭湯のスチームバスの中でいつもの調整をやってきた。

 そんな中、我が家の扶養家族の一員である「悪猫」の調子がおかしく、明日にでも獣医の診察を受けさせなければならないようだ。

 言葉が通じない動物が病気になると哀れだ。走り回っていたのがあまりにもおとなしくなるのだからかなり辛いのだろうと推察する。健康保険がないので高額な診察費用を覚悟しよう。

 さて、仏縁に結ばれる女性司会者発信ブログの数日前の号に、法語的な言葉が掲載されていた。『恨みは水に流しましょう 恩は石に刻みましょう』ということだったが、それでふと思い出したのが昔に教えられたある言葉、次のようなことだった。

『施しや寄付は功徳になる善い行為じゃが、寄贈者の名を何に記すかも考えたいもの。紙、木、石などが考えられるが、寄贈者の寿命より長く残るものの功徳は薄くなると考えよ』

 神社仏閣には寄贈者の名が刻み込まれた石を多く見掛けるし、一方で木札に書かれたものがいっぱい並んでいるのを目にすることも多いが、上述に説かれた言葉の意味はそれらのことについて教え、人の世の寄進について物語る味のある言葉のように感じられる。

  禅の世界の言葉に「無功徳」というのがある。これは、立派な行為をした際に「見返り」や「他人はどう思っているか」などと考えないようにありたいもので、 功徳を期待するべきではないという教えともなり、寄進や施しが出来たのは自身の力だけではなく、そうすることが出来たプロセスに存在していた筈の人達を忘 れてはならないということだろう。

 パソコンの不調で困っているが、どうやら原因がわかったようでもうすぐ元に戻るだろうが、容量のオーバーも一因と知って驚いた。そこで近日中に整理をすることにしよう。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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