2009-02-09
女将さん、さようなら NO 2359
南生野温泉でお気に入りの温めの湯、今日は「よもぎ風呂」だった。少し前から来ていたという友人である割烹のオヤジと体重の減量会談、すぐに話題が変わって奥さんの実家である有名な「お好み焼き」店のことに進んだ。
80歳を過ぎてゴルフを生き甲斐にされているお爺ちゃんだが、3人の孫さん達も店を手伝うようになったそうで「よかったなあ」と安堵。これでお婆ちゃんが存命されていたらと思うと残念でならなかった。
そのお爺ちゃんだが、最近に我が家の真向かいにある医院に入られる姿をちょいちょい見掛けるが、ゴルフに行く前に膝と腰の痛み止めの注射を受けると聞いてびっくり。間接的ではあるが、ゴルフの世界に引っ張り込んだ一員でもある私も責任を感じるこの頃でもある。
さて、憧れの「女将さん」のご葬儀、風は吹いたが思っていたより冷え込みが厳しくなく、時間通りにご出棺となった。
お孫さん達から預かったメッセージの代読や短めのナレーションを女性司会者が担当、閉式時の喪主さんの謝辞の際、「終えられたらマイクを」との打ち合わせ をしていたが、会葬者の皆さんへの謝辞が終わると同時に、後方に控えていた私に向かって「母に言葉を掛けてもよいでしょうか?」とのひとことから、「しっ かりと」と申し上げ、始められたお母様への問い掛けのお言葉が素晴らしくて感銘を受けた。
凝縮されていた思いを訴えられる短いひとときだったが、ご仏縁に結ばれる多くの方々にも「よかった。よく言った」との表情が見えた。
女性司会者を伴って久し振りに瓜破斎場へ随行、そこから御斎の会場へ移動し、僭越だったが説教的な「神仏と共食」についての一説から献杯に進め、後を女性司会者に任せて戻ってきた。
夜、母の病院を覗いてからの帰路、友人の喫茶店に立ち寄ったら女将さんと交流のあった人達がおり、そこでそれぞれの思い出話となったが、商店街にある有名な団子販売店を経営する仲間が次のように呟いた。
「あの女将さん、本当にいい人だったなあ。誰一人としてあの人を悪く思っている人なんていないだろうなあ」
それは、そこに同席していた全員が頷いて共感したこと。私も一杯だけビールグラスで無言の献杯を捧げたが、その団子屋さんの包装紙に包まれたご好物がお柩の中に納められていた光景を確認しており、そこにも秘められたあたたかいハートの交流があったことを知った。
もうゴルフをご一緒することは出来なくなってしまったが、どうぞ安らかに。あなた様との思い出を「形見」として、心の中に大切に仕舞っておきますから。合掌