2009-04-13

ご仏縁に感謝の合掌  NO 2393


 妻が来ていた時間、部屋のカーテンの向こうから「社長!」という声と同時に若い女性の顔が見えた。先に気付いたのは私だが、遠い九州からやって来てくれた可愛くて素朴な女性だった。

  彼女が研修目的で大阪へ来たのは随分と前だったが、社員として2年間を過ごし、その後、実家のスタッフの一員として活躍、お客様からアイドル的な存在であ りながら、「しっかりした仕事が出来る」と評価を得るようになったのは嬉しいこと。そんな彼女がわざわざ日帰りで来阪してくれたことに恐縮。そこに至るま での不思議な「ご仏縁」に改めて手を合わせた。

 ご仏縁とは私の愚書「春夏秋冬」が結んだもの。九州のあるお寺様から彼女の親父さんに「読んでみなさい」と手渡されたことから進み、次の日に親父さんが私に会いに大阪へやって来たという物語であった。

 それから十数年の時を経て娘さんを預かったわけだが、いつも近くの銭湯へ出掛けていた姿を懐かしく思い出していた。

 あの頃、私も若かった。なんて冗談は似合わないが、ある人物の「高齢になると上に行けば息切れするが、それだけ視野が拡がり眺望がよくなる」という言葉に感銘し、病室で天井を見ながら、ある長老から教えられた言葉を思い出した。

それは「親から貰った身体に傷を付けたりメスを入れるなんて親不孝だと思え」ということで、交通事故や手術経験のある私は親不孝そのものであることになる。

  親に心配を掛けることも親不孝だが、私の仕事の中で「悲嘆」について学んだ際に、人生で出遭う衝撃の第一位が「夫婦間に於ける子供の死」で、第二位が「伴 侶の死」であることを知った。それからすると「親に先立つ」なんて親不孝の極みとなるが、自ら命を捨ててしまう人達の多い世の中に憂いを感じるこの頃だ。

 自分以上に不幸な者はいないという悲劇の主人公に陥ってしまうと大変だが、自ら死を選択する行為は、その時点で精神的に病んでしまっている状態であり、その発するシグナルを周囲の人が気付かなければ悲しい現実を迎えることになるのである。

「先立つ不幸をお許しください」なんて遺書の問題があった。悲劇の主人公だから「不幸」には間違いないだろうが、この場合は「不孝」と書くべきであり、そんな誤った文字表記の遺書を目にした親の心境を考えると堪らないだろう。

  患者さん達には、社会復帰を目標に必死になってハードなリハビリに耐えている人達も多いし、「家庭が」「家が」「会社が」なんて悲愴な問題に直面している 厳しい現実の声を耳にしている。なのに若い人が失恋で身を投げるなんて許せないこと。不慮の事故の被害者となって「生きたい」と痛みや苦しみと闘っている 人達のことを考えれば、その身勝手な行動に怒りさえ覚えるものである。

 今日も3つのリハビリを終えた。明日は9時5分OT、11時15 分PT、14時30分STとなっている。間もなく歩行器卒業予定。今日、先生に付き添われて売店でステッキを購入した。一週間ほど前、先生と杖で廊下を2 周したことがある。ちょっとコツを覚えれば歩きやすい代物だが、いつも忘れず慎重に、そして骨折などの怪我をしないように臆病な姿勢で取り組むつもりだ。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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