2009-04-29

物思いに耽って  NO 2405


 GWの初日、どの病室にも見舞いの人達が多く訪れ、時間によってはリハビリ・ルームということもあり、そんなリハビリ・ルームがこれまでになく賑やかだった。

 痛みに歪ませる表情に「お爺ちゃん、頑張れ!」という孫さん達のエールが何とも言えず、不幸であるべき空間に「不幸でないひととき」が生まれてホッとすることになった。

 廊下が広く静かな病院である。リハビリの時間が済んだ夕方になるとひっそりとしてしまうフロア、やがて当直の看護師さんと数名のヘルパーさん達が朝まで患者の世話をすることになるが、つくづく大変な仕事だと再認識した。

 病気のことばかりを考えていると滅入ってしまう。そこで私はサテライト・コーナーでの交流の中で、先人達が残した名言を話すことも多く、いつの間にやら「変なオヤジ」が「物知りオヤジ」に出世を遂げていたのだから面白い。

「神は我々を人間にするために、何らかの欠点を与える」というシェークスピアの言葉があるが、病気というハンデを背負ってこれから苦悩の生活を強いられる人にとっては何とも言えない言葉でもある。

 同じシェークスピアが「快い眠りこそは自然が人間に与えてくれたやさしい、懐かしい看護婦である」という言葉も残しているが、今日、そんな睡眠について細かい資料を持参してくれた友人がいた。

「日中は出来るだけ太陽にあたるべき」という節があるそうだが、枕ひとつで大きく変化する睡眠について非常に考えさせられる問題でもあった。

 気が病んだり滅入ったりすると暗い言葉に興味を抱くものだが、そんな時、ふつ石川啄木の言葉を思い出していた。

「我々が書斎の窓から覗いたり、頬杖を突いて考えたりするよりも、人生というものは、もっと広い、もっと深い、もっと複雑で、そして融通のきくものである」

 この「融通」という言葉に励まされたような思いを抱き、よく葬儀を担当してきた融通念仏宗の総本山「大念仏寺」のことが無性に懐かしく思い出され、南無阿弥陀仏とお念仏で手を合わせた。

 明日のリハビリは9時5分PT、10時10分ST、15時15分のOTとなっているが、明日こそ素晴らしい声を発するための努力をしたいと思っている。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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