2009-05-15

高齢の友人達?  NO 2421


 朝のSTリハビリでは、まあまあの声で納得。仕上げにハミングで「ふるさと」を4回歌って終わった。

 午前中のPTリハビリは病室で行われ、腹筋を鍛えるための苦しい運動を強いられたが、それは、近日中に予定されているという外出歩行リハビリのため。そのことを耳にして耐えることが出来た。

 昼食後、区役所から依頼された社会福祉協議会の人が来院。妻を含めて介護についての調査が行われたが、その中に「認知症」に関するテストがあって驚いた。

 それは、笑って見過ごせる問題ではない。誰にも訪れる危険性のある問題で、特に入院してからその感を強くした。

 私の場合、介護の必要性はなく、要支援程度という結論となるだろうが、それも退院する頃には、きっと進化していると考えながら努力するつもりである。

  認知症という言葉が出てきたところで、過去に書いたことにもう一度触れておこう。伊丹十三さん監督の映画「お葬式」の上映が始まった頃、浄土真宗本願寺派 の「北御堂」さんから電話を頂戴し、月刊誌「御堂さん」で映画のことを採り上げる企画があり「対談を」と依頼されたことがあった。

 指定された日時に「北御堂」に行くと、司会者で映画評論家でもある「浜村 淳」さん、ボヤキ漫才で有名だった人生幸朗師匠の奥様「生恵幸子」さんがおられ、それに僧籍のある著名なテレビ局プロデューサーでの対談が進められた。

  その中で印象に残る話しが「浜村 淳」さんがされた映画「恍惚の人」のこと。あちこちテレビ局が放映許可を求めて原作者であられた「有吉佐和子」さん宅に 日参したそうだが、女史は頑なに拒まれ、その理由として「誰もに訪れる重要な社会問題」ということがあり、映画館に足を運んで観て欲しいとの強い思いがあ られたそうだ。

 テレビとなれば茶の間で食事や寝転んでも可能となり、きっと「真摯」な姿勢で考えるべきとの重要なキーワードを示されたのだろうが、「浜村 淳」さんが、「久世さん、映画『お葬式』は『恍惚の人』と同じ道を辿るかもしれませんよ」と仰ったことが今でも強烈に残っている。

 映画「お葬式」は、すぐにテレビで放映されてしまったし、伊丹監督もご逝去されてしまったので残念でならないが、私の人生の中で忘れられない出来事でもある。

  さて、夕食時、いつも世話になっている親しい人達が来室してくれた。少し疲れ気味でベッドで横になっていたので驚いたが、食事時間でサテライト・コーナー が無人だったのでそこで談笑。20分ほど過ごして帰られたが、それをご覧になった患者仲間から「誰?どんな関係?」と言われ、「友人達です」と返したら 「嘘!」とびっくりされた。

 何故なら平均年齢が70歳をはるかにオーバーしており、私との年齢にギャップを感じられたからであった。

 私の周囲には70代や80代となった友人がいっぱいいる。昔からお年寄り達との交流が多く、「若年寄り」とのニックネームが飛び交っていた時代もあり、今でもその呼び名で声を掛けてくださる人もいるのだ。

 今日の来訪者、互いが「俺が葬儀委員長を務めてやる」と言い合っているのだから面白い。そこで「おい、司会は頼むぞ!」の言葉に寂しくなり、STのリハビリに熱を込める思いを抱いた。

明日は土曜日、リハビリは13時45分のOTのみ。社員達が忙しくて大変なようだが、ミスのないよう願っている。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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