2009-06-07

有り難うがいっぱい  NO 2444


「人は長生きすることを望み、しかも老齢を恐れる」という言葉があるが、入院している高齢の患者さん達と話していて感じることは、何かをやり「たい」という欲望を失っていない方々には闘病という姿勢がはっきり見えるということである。

障害があっても「行きたい」は「生きたい」に通じるし、絶対に「逝きたい」なんて思うことがなく、健常者が自ら死を遂げる行為に皆さんが怒りを覚える意見で共通している。

 私の仕事は「来世」の存在を信じることで本物へのステップが始まるという思いがあるが、それは、どうにもならない不幸な人にとっては救いになり、来世に夢を託してこの世を旅立つ幸福感と並行して、それが「逃げ場」になってはならないと考えて欲しいものである。

  葬祭業に対する偏見の存在を間違いなく感じてきたが、「生業に貴賎はない 生き方に貴賎がある」という好きな言葉に支えられながら過ごして来たこれまで、 そこに名言として心に焼きついたのが「前世を知りたいなら今の自分の状態を見よ 来世を知りたいなら今の自分の行為を見よ」であった。

 因果、報恩、因縁などの言葉があるが、自身の仕事に誇りを抱けなければ「遣り甲斐」という意気に到達することは不可能で、プロとは本物を目指す人達に与えられた名誉な尊称と言えるだろう。

  仏縁に結ばれた面会人が遠方からやって来た。彼女は周囲に私と同じ病気で亡くした人の存在があり、私が発病入院したことを知った時、泣きながら私の死を覚 悟したそうで、出来ることは「祈る」ことだけと気付き、由緒深いお寺で祈祷してくれたことを知って手を合わせて感謝した。

 今、そんな人達のお陰で幸運なことに私は生きている。いや「生かされている」と言うべきだが、奇跡的に回復しつつある現在に、改めて来世があると信じるこの頃でもある

 ベッドの周囲にお札やお守りがいっぱいあるが、ある看護師さんから「幸せな患者さんですね」と言われた言葉が印象的で、周囲の患者さん達に比較すると、本当にラッキーな症状レベルと考えられるだろう。

 さて、つい先日の号で銀河の「玉子サンド」について触れたが、病院関係者が昨日、わざわざ店に行ったことを知って驚いた。

「玉 子サンドと写真にあった銀河ライスを食べてきました。本当に美味しかったです:との感想だったが、寺田町駅から迷ったみたいで、携帯のネットでこの「独り 言」に書いた行き方を確認、生野本通商店街の中で「みたらし」と「きなこ」団子を買い求めたとも聞いたが、そこも私のゴルフ仲間の店でテレビ番組でも採り 上げられたことのある「亀屋」だった。

 銀河の店内では「病院」に関する会話を禁句とし、私のことも一切秘め、ただ黙々と食べて来ただけ だそうだが「ミシュランの調査員みたいな心境でした」とは面白くて言い得ている言葉。遠いところまで足を運んでくれて「美味しかった」の感想は、紹介した 友人として何より嬉しい言葉であった。

 明日のリハビリは9時5分ST、10時10分OT、14時10分PTとなっている。

今 日の写真は私がよく身に着けていたタキシード姿。タキシードに外せないエナメルの靴には特別な思い出が秘められている。前にも書いたが、エナメルになって いるのは女性とダンスする場合にスカートを汚さないマナーから。明日からの自主トレは、そんなことをイメージしながら廊下を歩こうと思っている。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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