2009-06-12
出会いは偶然、別れは必然 NO 2449
昨号に「歩く歩行者」というおかしな表記があったのに気付き、羞恥の極み。「歩く人達」ならまともだったが、これは「およそ30分ほど」という「およそ」と「ほど」の意味がダブっている表記より低次元なので逃げ出したい心境だ。
「書く」ことは恥を「掻く」ことと何度も書いたが、また新しい恥の種を記すことになってしまった。
朝のSTでは調子のよい声、何やら不思議と回復の兆しを感じている。ずっと変な声を出しながら廊下を周回している自主トレに効果があるようだが、人とすれ違う時は発声を止めているので誤解のないよう。
午後、PTリハビリの先生に連れられて病院の外を30分ほど散歩。団地の中の公園や運河に架かる傾斜のある橋も通ったが、ずべて杖なしなので緊張の体験。中でもマンションの間から吹く強い風には恐怖感を覚えた。
院内で杖を必要としない段階に至ったが、退院してからしばらくは杖を離さないつもり。それは先生からのアドバイスからで、杖があれば相手が意識して避けてくれるからだ。
杖を手にしていなかったら、他の人達から勝手な思い込みで健常者と判断され、「避けるだろう」と行動されてぶつかる危険性が高まるとのこと。それらは退院された人達が見舞いに来てくださった時にも教えられたことだった。
夕方、病院の要職にある女性の方が来室、退院の日程について打ち合わせをしたが、彼女が私の家の近くに居住されると知ってびっくり。「**さんが町会長でしょう」と申し上げると「近所です!」と驚かれていた。
世間とは狭いもの。それだけに悪いことはすべきでがないが、偶然と言えば、もうすぐ退院される若い女性も弊社の本社からなら自転車で5分ほどの地域だし、この4月から頑張っている看護師さんもそのぐらいの距離から通っていることを知ってびっくりである。
入院して車椅子の体験から学んだことは貴重だった。バリアフリーという言葉は知っていたが、自身がそんな立場になるとは考えてもみなかったこと。弊社にもお客様用の車椅子のセッティングがあるが、もう一度スタッフ研修で体験させる必要があることを実感した。
ベッドから車椅子への移動は簡単ではない。看護師さんのお世話にならずに行動され、転んで骨折をされた患者さんもおられるそうだが、移動時の看護師さんの 技術で患者さんが変ることは確かで、技術の上に病院の基本である「言葉のホスピタリティ」なくして患者は救われないだろう。
もう土曜日になる。リハビリは9時5分からのSTのみだが、いつもの先生ではなく女性の先生だ。果たして明日はどんな声がと心配と期待が交差するが、退院日の決定となれば心が焦る。その日までにより一層の進化を願っている。
今日の写真は我が生野区の区役所の講堂で行われた講演風景から。受講者は生野区に在住される女性ばかり150名ほどだったが、音響設備がひどくて後悔をし た苦い思い出があり、その時の打ち合わせ担当をしていた女性社員に改めて音響の重要性ついて説教を行い、どうして弊社のシステムを持ち込まなかったかと叱 責したのを憶えている。