2009-07-27

昔の体験から  NO 2489


 午後10時を過ぎた頃から大阪も雨が降り出し、遠くで雷鳴が聞こえ始めるとかなり雨脚が強くなり、BSの放送電波に障害まで出てきた。

 ニュースの映像に九州自動車道の土砂崩れが映ったのでびっくり。何十回と走行したところだったので衝撃が走ったが、土砂の中に車が埋まっていることを耳にして不運と幸運が紙一重の瞬間にあることを改めて知った。

 例年ならもう梅雨明けになっている時期だが、地球環境の変化が顕著なようで全国で大雨が降っており、「これでもか」というように被害が生じている現実に、自然の「嫌がらせ」みたいな感を覚える。

中国で橋脚が崩れ、韓国では工事中の橋桁が落下する事故が発生して被害者が出ている。それらは人災の部分もあるかもしれないが、人は加害者、被害者にならないように考慮し
たいもの。

故に自然には謙虚で畏怖する思いが大切だし、仕事には作業ではない責務が存在していることを忘れないで欲しい。

 大雨が降ると思い出す葬儀がある。もう30年も前の出来事だが、お通夜の担当が終わって戻ると豪雨の状態になり、午後11時を過ぎた頃にご当家から「すぐに来て」と悲痛な感じの電話があった。

  式場はご自宅で、現在の在猫間川筋を西に入ったところだったが、当時は地元で水捌けの悪さで知れ渡っていたこともあり、<ひょっとして!>と考えながら自 転車で向かったのだが、案の定、式場の手前から膝まで水がきており、ズボンを巻き上げジャブジャブと歩いてご当家に入ったら、ご遺族や親戚の方々が水の中 に立たれた状態。水はもう少しで白木祭壇を浮かせるところまで迫っていた。

 為す術がないとは、このこと。明日の朝から幕を全部張替え、祭壇もやり替えますからと申し上げたが、それは水が引いてくれなければ不可能なこと。そのままの状態ならお寺様も入られないし、会葬者も来られないから大変だ。

 それから30分ほどして小降りになったところで水が引き出しホッとしたが、次の日の朝から全てを片付けて新しくやり直した仕事のことをこれからも忘れることはないだろう。

 また、ある年の7月末に豪雨があり、大池橋や杭全町の交差点が冠水し、ご親戚の大半が遅れて来られたという不幸なご葬儀もあった。

  当日、八尾市で行われていた葬儀もあり、お寺様は電車を利用されて何とかご到着されたが、車で出掛けた弊社のスタッフの一組が遅れてしまい、電車で遠回り した少ないスタッフ達だけで担当したという苦い思い出だが、私は同時間に生野南小学校の近くで行われていた葬儀を担当、前を流れる運河が数センチの上昇で 溢れ出すような状況にドキドキしながらマイクを握っていたことを昨日のように思い出している。

 葬儀は人を走らせ、人を集めるという言葉があるが、大雨、風雪、台風など自然の猛威でどうにもならない二重の不幸という問題も少なくないのだ。飛行機の欠航や新幹線の運休も珍しいことではない。その裏側で、そんな不幸な人達が存在することも知っておきたいものである。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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