2009-10-12
生かされて NO 2558
この「独り言」の縁から知り合った女性のブログに「入籍しました」とあって心から「よかったね♪」と嬉しく思った。彼女が結ばれた相手さんとの縁も不思議 なこと。それこそ「ご仏縁」と呼ぶべきことだが、彼女のキャラが周囲を明るくするのが何より素晴らしく、知り合った人達から「天使みたいな人」と称されて いたが、衷心より幸せを願っている。
12日は我が夫婦の30数回目の結婚記念日、若かりし頃に大事故を起こしており「長生き出来ない。30代まで生きたら幸運だ」なんて言って式を挙げたが、大病を患いながらも現在の60代まで生かされているのだから嘘みたいな話。ただ手を合わせて感謝しなければならない。
3年半前に7時間の手術を受けたが、麻酔が覚めて病室に戻ってからの2日間、天井と壁に鳳凰の絵がいっぱい描かれていた不思議な体験もあったし、今回の病気では「あの世」から生還したみたいな記憶もある。
退院してから町を歩いていると、入院していたことをご存じだった方々から「よかったね!と声を掛けられたが、その中に「手を合わす仕事をしているから生還 出来たのでは?」との言葉も少なくなく、何やらもうちょっと「この世」での使命が残されているような気がしてならず、読んで字の如く「命」を「使」う仕事 の責務を進めたいと考えている。
葬儀の形式ニーズに変化はあるが、大切な人を送る「悲しみ」に変わりはない。ご家族がご遺族になった瞬間から測り知れない「悲嘆」が生じる。そんな方々に対応する仕事なのだから大変で、スタッフ達の精神的教育が重要だ。
ミスの中で恐ろしいのがマンネリの中で発生する問題、松山空港を数時間も閉鎖させてしまった小型機の胴体着陸がその典型的なケースだが、勝手な思い込みで「車輪が出ていると思っていた」とは実に恐ろしいではないか。
多くの司会者の指導を行ってきた歴史があるが、司会の技術に走る人が多いのが困った現実。ミスの恐ろしさを学ぶことで全く異なるレベルに達するキーワード にもなる。人を送るとはこの上のない重たいこと。その自覚だけで「礼節という重み」が生まれるもの。ハプニングをハプニングでないようにするのがプロの仕 事。しかし、ハプニングが起きないような環境チェックが出来れば間違いなくハプニングは減る筈。
過去に何度も書いたが、「案ずるより生むが易し」という言葉は「何もしないでよい」と考えるべきでなく、徹底的に心配して行って初めて言えるろ理解して欲しいものである。