2010-03-18
生かされながら NO 2630
検査入院していた知人に会った。結果として手術を受けることになったそうだが、問題発見に至ったプロセスに寿命が延ばされてよかったと喜んでいた。
痛い思いをして高額な医療費を伴うとは割の合わない話で、日常の健康留意がどれほど重要かを確認し合ったひとときとなったが、そんな時、同席していた人が「禁煙する。今度吸うまで」と言われたので周囲の人達が笑っていた。
元気という言葉の「気」の文字は、会社組織の中にも自然に生じて発せられるもの。躍進する企業の経営者や社員には「気」がオーラのように生じ、社会に伝播しながら好循環を繰り返すもの。その反対の発想なら「貧すりゃ貪する」となるだろう。
私が京都に通う「タオ療法」だが、そこで施術される指圧にも「気」の流れが重視され、それが通る「経絡」が「道」として研究解析されている。
私自身も4年ほど前に友人の紹介で体験したのだが、自身の不思議なほどの回復の兆しに効力を感じ、その後、何名かが受けられて喜ばれることになっているので嬉しいことだ。
往復の電車が大変だが、駅の階段もリハビリの対象。エレベーターやエスカレーターを出来る限り避け、ひたすら階段を上り下りしているが、降りるほうが危険で恐怖感を感じるものである。
いつもの銭湯に行った際、最終客としてラムネを飲みながら女将さんと話したが、タオルが絞れること、自分で着替えることが出来る幸せに感謝していると伝えたら、「まだまだ頑張らなければ」と励まされた。
近々に10人が集まる定期的な会食があるが、男性の大半が70代。食後の薬の服用から健康談義になるが、みんながいつまで続けることが出来るだろうかという言葉で結ばれ、やがて互いの健康を祈り合ってお開きとなる。
50歳を過ぎると自身の身体のことを知っておく必要がある。それには半年に1回の血液検査が重要だが、何か異変を感じたらすぐに医師の診断を受ける行動力も重要だ。
そんな思いを抱きながら、いつも神経質過ぎるほどに医院や病院を訪れていた中、何かの歯車が引き金となって「なりたくない」病に至ってしまったが、まだ寿命が残されていることに感謝合掌の日々。同業や司会者達に今後も「来る人拒まず」の姿勢で臨みたいと考えている。
ご仏縁に結ばれる女性司会者さんのお身内の訃報を知った。遠方なので参列は出来ないが、東に向かって手を合わす。