2010-12-08
有り難うございます! NO 2650
昨日、市川海老蔵氏の記者会見が行われていたが、歌舞伎界の超名門だけに残念でならず、「反省」という言葉の他に「後悔「と「公開」という言葉を思い出してしまった。
彼の今回の行動で、裏方で働く多くの方々の仕事の機会を取り上げてしまう甚大な影響もあり、酒におぼれる愚かなご自身に、今後の厳しい責任感をと願っている。
「プロは反省するが、後悔するようなことはしないもの」 これは、私が若い頃に教えて
貰ってからずっと大切にしてきた言葉だが、そんなことを教える人達が周囲におられなか
ったようで寂しいし、30歳を過ぎた大人と考えたら信じられないレベルの事件とも言え
るだろう。
名門という背景から思い出した過去の出来事を紹介しよう。随分と昔の話だが、ある葬儀にご導師を務められた若い僧侶に叱ったことがあった。
「当山は、ご存知のように格式高い寺です。故に、総代以外の檀家さんの葬儀では七条袈裟を着用しませんので」
そんなお言葉に「お寺の格式は高いようですが、あなたは僧籍を持されるお立場としては如何なのでしょうか?」と、つい反発してしまった私も若気の至りだが、衣が導師を務めるのではなく、人が導師を務めるのではと言いたかったのである。
その僧侶も、今やご立派な住職としてが宗教活動にご活躍。時折にお会いすると、上述のことを教訓にしておられると感謝されるのだが、「そうだ」「そうです」は「僧だ」「僧です」でありたいと願ってしまし、それこそ「葬」にあるべき姿であるような気がする。
一昨日の深夜に、真向かいの銭湯に行ったら、多くの知人や友人たちと一緒になり、裸談義をしていたらのぼせてしまって大変だった。先月には吐き気を感じた 出来事もあり、これは不味いと帰りを急いで事なきを得たが、血圧のことを考えても長湯は禁物みたいで、絶対に再発しないように考えよう。
新幹線が開通した八戸から宅配便が届いた。中には青森産の立派な長芋がおが屑に包まれて入っている。いつもお心遣いをいただくので恐縮してしまうのだが、その中に手紙と一緒に「茶色の水飴」も納められていたので手を合わせた。
近くに住む友人の割烹の親父にもお裾分け。「茶色の水飴なんて感動だわ!」と50年以上も前の時代の懐かしい思い出話に発展。御礼の電話をした妻による と、その水飴はお母様が家族の健康を願って手作りされているそう。生姜を混ぜて湯に溶かせば最高の喉風邪薬のなるから嬉しい限り。北に向かって手を合わせ た。