2011-10-05
愚かなこと NO 2713
午前中の葬儀に参列。担当の女性司会者のナレーションを聴いていたが、「やさしさ」がアップしたようで結構なこと。ここまで進化した彼女の研鑽姿勢に手を合わした。
多くの知人が参列されており、焼香の際に「大丈夫?」と声を掛けてくださった方もいて恐縮したが、受付を担当くださった方も古くから知る人物だった。
昨号で書いた大阪府知事選のことだが、否定していた両者が一転して出馬を認めるような発言をされ、知事に至っては、政治家は時には嘘も必要と発言したのだからびっくり。「府民」を「不眠」にするような軽い発言は失格と言うべきだろう。
島田紳助氏が引退会見した後、知事が「現在の僕があるのは紳助さんのお陰」と発言された時に、<何と軽い人物なんだ!>と思ったが、その軽さを改めて再認識したような思いであった。
4日間の国会中継で、安住財務大臣の態度が悪いと評判になり、事務所に抗議の電話が殺到したというニュースも知ったが、確かに足を投げ出して座っていた光 景は見苦しく、ご自身が「元暴走族」と吐露されたこともあり、紳助氏と同じなんだと妙に納得してしまったが、単なるタレントと大臣とは責務の重さは異なる 筈。もうちょっと重いイメージぐらい感じさせてと伝えたい。
さて、マヤ文明における暦は有名で驚きだが、その暦の終末が2012年の12月と言われ、一部の人達が人類の終焉と解釈し、欧米では真剣にシェルターまで建造しているという話題も出ている。
キリスト教プロテスタントに終末思想のひとつとして「携挙」という考え方があるが、前述のことと合わせて騒がれているようだ。
詳しくはネットで「携挙」と検索すれば多くのページが出てくるので省くが、過去にノストラダムスの予言問題で騒いだ歴史もあり、人間社会は真に勝手な恐怖感を抱いてしまうようで、その背景に必ずと言ってよいほど宗教の存在があるので罪深いことである。
宗教の発展に関しては、信者の獲得にあって「あの世」の存在が分かり易く、天国と地獄の発想が多くの宗教に見られるが、そのストーリー性の高さが発展の大小を決めたように考えられる。
極端なケースとしてはイスラムの世界で現実に起きている「自爆」という問題があるが、聖戦に身を投じれば「あの世」で70人の乙女が待っているとか、九族 が幸せになるということを信じるのだから恐ろしく、自爆による被害者のことなんて全く考えていないのは理解し難いことである。
勧善懲悪のストーリー性にあって「あの世」の存在を信じる方が人間らしい行動を取れそうだが、間違った宗教思想に走って被害者を生むことは本当に愚かな悲劇であろう。