2011-11-01

昔話から  NO 2740


 弊社の横の道を西に行くと信用金庫があるが、その前に「いか焼き」屋さんが開業している。不思議なことだが、50年近く前、この店を南へ50メートルほど離れた並びに「いか焼き」屋さんがあり、20代で亡くなってしまった友人と一緒に行ったことを憶えている。

 確かその北側の隣か一軒並びに小さなパチンコ店があったと記憶しているが、今、そのことを知っている人も少なくなっただろう。

 八坂神社から商店街に入り、少し西に行ったところに呉服屋さんがあるが、ここを南に入ったところある「スーパー万代」の全身は東映専門の映画館だった。

 昔、その横を東に行き、道路に出る手前の右側に子供向けのお菓子を売る店があり、店内に「お好み焼き」の鉄板のあるテーブルが1台あった。

 その店は私の青春時代まで開店しており、老夫婦が焼いてくれる今で言うところの「モダン焼き」に特徴があり、友人達と何度も入ったことがあった。

 特徴というのはパリパリになるまで焼き上げるもので、それは考えられないほど丁寧に焼いてくれる代物。この「お好み焼き」と、過去ログに紹介した疎開道路にあった「大三」というパチンコ店の裏口にあった屋台の「たこ焼き」を今でも食べたいと思っている。

「大三」パチンコ店は、国道25号線から疎開道路に入ったすぐの左側にあったが、疎開道路の拡張に関する立ち退きでなくなってしまった。

 当時のこの地域には私の好みの店がいっぱいあり、蕎麦の「歌舞伎」や中華の「来々軒」、そしてアイスキャンデー専門の「うまい堂」などが立ち退いてしまい懐かしいところだ。

 近辺には寿司屋さんも多かった。「べらぼう寿司」「大治寿司」「明石寿司」「松寿司」などが疎開道路沿いにあり、商店街を西に入った松下果物店の前に「和寿司」もあった。

  松下果物店が出てきたところで、もう1軒寿司屋さんのことに触れなければならない。果物店から北へ50メートルほど離れたところにも寿司屋さんがあり、中 学生の頃によく「巻き寿司」を買いに行った店なのだが、しばらくして閉められたここのオヤジさんとは、不思議にも私が30代の頃に西区で再会することに なった。

 あるお寺のご住職に誘っていただき、西区の寿司屋さんに入ったところ、そのオヤジさんの店であったという偶然の再会だが、互いに憶えていたことも不思議で、それこそご仏縁に結ばれた感じた出来事。その寿司屋さんは、今、九条商店街の交差点のところに移転されている。

  中学生の頃の出来事だったと記憶しているが、疎開道路にあったABCという理容店で、顔を剃っている鋭利な剃刀が何かの弾みで耳に当たって出血。少し切れ ただけなのに耳とは血液が中々止まらないらしく、ずっと奥さんが紙で押さえてくれていたことも憶えているが、あれから50年の月日が流れたと思うと懐古の 念が著しい。

 そうそう、今日の結びは数号前に触れた松山在住の塾生のブログのこと。検索方法を教えてと言われた方が数名おられたので書いておこう。ヤフーかグーグルで「愛するこどもたちへ」と検索されたら、2番目に出てくるのが彼のページ。どうぞ、ご訪問を。
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