2011-11-03
後悔のないように NO 2742
社会で飲酒運転撲滅が謳われても中々なくならないよう。福岡県で3人の幼い子供達を死に至らしめた飲酒運転事故の判決が昨日に言い渡された。懲役20年というものだったが、遺族の心情である「命を返して」という言葉がこれからも消えることはない悲しみである。
司会のフレーズに「故人は、ご自身のご逝去で命の尊さと、私達が生かされていることを教えてくださいました」というのがあるが、この言葉に続いて「だからお酒を飲まれたら運転をしないでください」と続けたい思いである。
深夜まで飲酒し、コインパーキングに駐車した車の中で眠り、早朝に起きて車を運転しても飲酒運転と摘発されても当たり前。飛行機のパイロットは、乗務する 前の24時間の飲酒を禁じているし、現にある県の元警察副署長が、このケースで事故を起こして検挙されるというニュースもあった。
「飲んだら乗るな」「乗るなら飲むな」という交通標語もあるが、私が塾生達に教えてきた言葉に何度も書いた「被害者になるな」「加害者になるな」というものがあり、「プロなら反省する範囲内で」「後悔するようならプロでない」との私の哲学に準じたものである。
結 婚披露宴には乾杯があるし、仏事では「お斎」の場での「献杯」もあるが、厳密に言えば、それさえも結びになってから運転するのであれば飲酒運転の恐れが伴 うものだし、自身が毅然として厳しく臨まなければ、ちょっとした心の緩みが事故につながる危険性があると認識しておくべきだろう。
検問 で検挙されて罰金なら反省で済むが、事故で被害者が出たら後悔することになるのは当たり前。それで職を失って家族を路頭に迷わすという現実も少なくない筈 なのに、警察関係者、教育関係者、公務員、議員などが次々に検挙されるニュースには驚くばかり。中には再犯という信じられない人物もいたので衝撃ではない か。
「家族」をある日突然に「遺族」に至らしめる。加害者の家族も苦しみに陥ってしまう。ハンドルを手にする一人の人間によって、誰も得 をしない問題を巻き起こしてしまう。その原因が飲酒としたら絶対に許せないだろう。そこで後悔をしても時間を戻すことは不可能だ。故に運転免許を手にした 人は、生涯一年生という謙虚な思いでハンドルを握りたいもの。
悲しい葬儀を何度も体験してきた。怒りの対象が「病」であればまだ救いはあるが、そうでない場合の悲嘆の心情に生まれる怒りは一入で、その解決方法は無に等しいとなって
しまう。
「俺は、運転が上手い」「私は、酒に強い」なんて思いは驕りに他ならず、そんな甚だしい思い上がりが人身事故に繋がる危険性が高いと知るべき。
ここで本当は触れたくない昔話を時効と考えて書いておこう。もう40年以上前のことだが、所属していたスポーツ交流会の中に一人の男性がいた。彼は、沖縄県出身で大型バスの運転手をされ、驚くほどお酒に強く、二升飲んでも何ともないという酒豪だった。
そんな彼が独りで乗る軽自動車が赤信号で停止しているところへ、後方から脇見運転の車が追突した。互いが降りて損傷部分の確認をしていた際、「酒の香りが する。飲酒運転だろう」と指摘され、被害者であった筈なのに、相手の態度が急変。それが原因で職場を解雇されるという辛い体験をされたのだが、後悔をされ ていた表情が未だに忘れられないほど強烈に残っている。