2011-11-24

歴史の中で  NO 2762


  今日の「あさイチ」の冒頭で、放射能測定ミス放送について謝罪があり、夕方の関西版ニュースでは14,5キロセンチなんてテロップを流し、終了前に「キロ グラムでした」と謝罪していたが、最近のNHKの番組内容のレベルが著しく低下してきているようで残念でならず、忸怩たる思いを抱いてしまう。

 さて、過日の伊勢路の旅で残念な思いがあった。外宮さんの近くある鰻料理で有名な「喜多や」さんが定休日だったからで、次回には曜日確認をしてから立ち寄りたいと考えている。

 今年の沢村賞は楽天の田中投手だったが、この「冠」となった偉大な沢村投手と投げ合った人物が昔の阪神タイガースにおられ、殿堂入りを果たされており、その投手だった人物が「西村幸生」さんで、「喜多や」さんがご実家だそうだ。

 昭和12年に阪神に入団後、巨人に2年連続で勝った歴史が輝いているが、昭和20年の春にフィリピンで戦死されたそうで手を合わす。

近鉄の宇治山田駅は文化財として知られ、建物の中に貴賓室も存在するそうだが、設計者は我が大阪にある南海難波駅のビルを設計された人物である。

 宇治山田駅の3階ホームには、スロープになった道路が存在している。大阪や名古屋からの特急列車が到着すると、賢島や鳥羽行きの特急バスが発着していた歴史があり、何度か利用した思い出もあるが、賢島行きは伊勢道路を経由して磯部に抜けていたと記憶している。

 幼い頃、宇治山田駅から鳥羽駅までトレーラーバスが走っており、夕方の混雑時で2台続けて来たので後ろのバスに乗車したら、二見を過ぎて間もなくした辺りで、前を走っていたバスが消え、事故で下に落ちて多くの人が死傷するという出来事があった。

 もしも前のバスの乗客だったら、こんな「独り言」を書いていないだろうが、私の悪運の強さを物語る忘れられない思い出である。

 鳥羽駅から賢島までは、近鉄になる前に志摩電鉄というローカル線そのものという電車が走っていた。時には貨車を連結して走っていたこともあったし、急行が出来て2両連結になったことも憶えている。

  途中に「松尾」と「沓掛」という駅があり、そこから青峯山(あおのみねさん)頂上へのルートがあるが、そのどちらからも歩いて登ったことがある。松尾駅か らは車でも走れるが、車での道はもう一つあり、磯部から山田を通って奥部というところからのコースで、三叉路を反対に右に行くとカキで有名な「的矢」に至 る。

 青峯山の頂上には正福寺さんが存在し、真言宗のお寺だが、古くから船の安全を守る信仰地として知られ、全国から船の絵などが奉納されている。

  沓掛からのコースは、結構険しい道で、健脚な人にしかお勧め出来ないが、距離が短いという利点がある。このコースを最後に登ったのは45年前のこの季節。 大阪で虫垂炎の手術を受け、伊勢に行って静養していた時に挑戦したものだが、頂上まで誰一人として姿を見なかったので心細くて怖かったことが懐かしい。

 その後は松尾側から何度か車で登ったが、頂上からは鳥羽湾が見えるし、天気がよければ伊良子岬から富士山まで見えると言われているが、私は伊良子岬をみたことはあるが、残念だが富士山を見た記憶はない。

 長くなるが、結びに伊勢神宮のことに触れておこう。「お伊勢さん」と一般的に称されるが、正式名称は「神宮」だけ。過去に佐藤栄作総理から始まった首相の正月参拝だが、「豊受さん」という外宮の存在から農林水産大臣の参拝も恒例になっていた。

  三が日の混雑を避け、1月4日に参拝するようになっているそうだが、この慣習を無視したのが村山元総理で、あの平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震 災の年に参拝をされなかった。しかし、その次の年、村山氏は辞任されるにあたり、どんな心境変化があったのかは不明だが、神宮への参拝をされている。

  要人の参拝に関して物議を醸したのが赤松広隆元農林水産大臣。あの口蹄疫問題が発生した時に、メキシコやキューバに出張して話題を呼んだ人物であり、昨年 の農林水産委員会で参拝しなかったことについて質問され、愛する妻と子供の3人でグァム島へ行っていた。職務ではないので別に悪いとは思っていないと答弁 し、新たな物議に発展した出来事も有名だし、外国人の参政権に積極的な人物としても知られる民主党議員である。
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