2011-11-29
司会のフレーズから NO 2767
お通夜からの帰路、お好み焼店の前を通ったら、中からカラオケのイントロ部分が聞こえてきた。ふと何の曲だった?と考え中、思い出したら三橋美智也さんの哀愁列車。ワンコーラスだけ歌詞を憶えていたが。、よくぞこんな見事な詩を作詞したものだと改めて感心した。
さて、過去には葬儀以外にも偲ぶ会やお別れの会など多くの司会の歴史がある。また、大規模な祝賀会も多かったが、印象に残っているのはコンサートの司会。クラシックからカラオケ大会まで様々な体験があったが、今日は、そんな一部を紹介しよう。
歌謡曲は、聴く人の感性や想像力に働きかけることが出来、時として、耳にする人の人生にも大きな影響を与えます。
恋人に呼び掛けるように、暗闇から朝陽の見える明日へ、冬から春への流れをつくる。 辛くて厳しい過去があっても、冷たく暗い今であっても、でも、仲間がいるから、あなたがいるから、明るい明日が見える。
昔、母親が歌っていた歌。父親が時々口ずさんでいた歌。ラジオやテレビで聴いた歌。
嬉しい時、悲しい時に聞いた歌、歌った歌。過ぎ去った幼い頃に耳にした記憶の歌。青春時代を思い出す歌。初恋の時期に聴いた歌。また、去って行った失恋の相手を思い出す切ない曲。
自分自身を励ます曲、独り淋しく歌う歌。自然の恵みに感謝する歌。新しい誕生を祝う歌。しみじみと心に沁みる出会いと別れの歌。
皆様の心に残る思い出の歌は、どんな曲なのでしょうか?
こんなキザなフレーズを語っていたのだから恥ずかしいが、今となっては懐かしい思い出となっている。
音楽は、私の趣味の世界でもある。ピアノ、ギター、ハモンドオルガン、ハーモニカに挑戦した歴史もあるが、音楽に関する司会をする際には色々なことを紐解き、開けながら自分自身が「なるほど!」と納得出来る世界を学ばなければならない。
一曲の歌が生まれた歴史の背景を調べてみると、想像もしなかった物語が秘められていたという発見も多く、それを誰かに伝えたいという思いが司会のトークに活きて来るものである。
一つの例を挙げると、佐藤惣之助氏作詞、服部良一氏作曲の高峰三枝子さんの懐かしい昭和15年のヒット曲「湖畔の宿」だが、その作詞から何処の湖?「諏訪 湖」「浜名湖」「山中湖」などど様々な説が存在したが、昭和が平成になる少し前、佐藤惣之助氏が旅館の仲居さんに宛てた手紙が発見され、それが群馬県の 「榛名湖」ということが判明した。
戦時中、その感傷的な旋律に抵抗感を抱く流れが生じ、一時的に発売停止になったが、戦地に赴いていた 兵士達の間では大人気だったそうだし、ビルマのバー・モー長官が来日された際、時の権力者であった東条英機総理に「生で湖畔の宿を聴きたい」と言われたエ ピソードもあったそうだ。
戦地への慰問で一番人気というのもこの歌だったそうだが、特攻隊で出撃する前に直立不動で聴いたという逸話も あり、詩の中の「この静けさ、この寂しさを抱きしめて、私は一人旅をゆく。誰も恨まず、みんな昨日の夢と諦めて」と言う言葉に共感していたのかもしれませ んが、そんなことを知ると、平和の有り難さが身に染むではありませんか。