2011-12-03
司会の思い出から NO 2771
今日は会社の忘年会。震災のこともあって中止しようと言う意見もあったが、被災された方々のことを慮りながら「忘れる」のではなく「望年「という考え方で進められた。
車が苦手なので会場まで歩いて行ったら、40分ぐらいの予定が50分も要し、約10分の遅参となって迷惑を掛けた。
冒頭の挨拶で酒気帯び運転だけはしないようにとお願いした。昨日、全国で飲酒運転の検問をしたら、350数名も検挙されたと言うのだからびっくりした。こ んなに問題になっているのにこれほどの検挙者が出るとは信じ難いこと。そこでハンドルを握る人は乾杯もお茶でと念を押した。
数えなかったが人数は40名ぐらいいただろうか。みんな若いので説教染みた言葉となったが、人生は反省の範囲内で、後悔をしないようにと結んでおいた。
さて、司会者とは究極のサービス業である。なんて多くの司会者に説いてきた歴史があるが、そんなことを弊社の女性司会者が自身のブログで触れていた。
福島原発の事故から随分と経つが、まだ収束に至らない現実の背景に多くの被災者や避難者の存在があり、冷え込む季節になるだけにお気の毒でならない思いを抱く。
建屋が爆発で吹っ飛んだニュース映像を見て、ふと思い出したのが昔に観たアメリカ映画だった。タイトルは「渚にて」であり主演はグレゴリー・ペックであった。
阿倍野近鉄百貨店の横にあった近映大劇場で観たのだが、連れて行ってくれたのは、もう亡くなってしまった私の従兄弟で、中学1年生の時だった。
その時からずっと主題曲が耳に残り、いつの間にか歌詞を覚えて口ずさむようになったが、その曲が先になって役立つことになるのだから世の中分からないもの。曲名は「ワルチング・マチルダ」であり、オーストラリアの第二の国歌と呼ばれる曲である。
映画のストーリーは、第三次世界大戦で使用された核の影響で北半球が死滅し、生き残ったアメリカの一隻の潜水艦がメルボルン港を訪れるというところから発 展していくものだが、国内でも人気の高かったこの曲が、国歌選択の国民投票の結果で2番目になってしまったのは、その歌詞の内容からとも言われている。
さて、役に立ったと言う出来事だが、冒頭に書いた究極のサービス発想にもつながることであり、それは、ある大規模な式典のプロデュースと司会を担当した際のことだった。
主催者から「特別に」と託されたのがオーストラリアから来られた特別来賓。そこで、その方を後から入場いただこうと、全員にスタンディング・オベーションを願った。
やがて一定のリズムの拍手を導き、流した曲が上述の曲。ゲストは入場と同時にニコッとされ、会場が一瞬にして和やかな雰囲気になった。
私が担当したのは第一部の式典だけだったが、乾杯から第二部が始まってすぐに、主催者とその人物が私のいた司会テーブルまで来られ、お二人とも上機嫌で握手を求められ、何やら無性に恥ずかしいような気持ちになった出来事だった。