2011-12-14

昔の体験から  NO 2782


 今日は、「決別の情」というタイトルで、別のコラムに掲載した原稿が印象に残っているので加筆して掲載を。

 葬儀に関するしきたりは、それこそ全国様々。葬儀は人を集め、人を走らせるという言葉があるように、全国で慣習の異なりを原因とする様々なハプニングも発生しているだろう。

 火葬場も大阪市のように自治体経営のところと、東京のように一部が民間経営というところがあるが、私達の日常の業務の中で意外な盲点があることを教えられた出来事があったので紹介しよう。

 ご仏縁から他府県のある地方での出来事。葬儀を終えてご出棺、さて火葬場に着き、お寺様の読経を終え炉の扉が閉められる。ここで点火のボタンを誰が?という問題なのだが、火葬場の職員が押すところと喪主さんが押されるところがあり、思い掛けない事件となってしまった。

 2年前、この喪主さんはお母様を亡くされ、火葬場で断腸の思いで点火ボタンを押されたそう。

「深い悲しみにある方に、決別の情を断つような残酷なことを」という考えもあり、その火葬場、1年前からボタンは職員が担当するシステムに変わっていた。

 上述の喪主さん、不幸なことに今度は息子さんを病気で亡くされてしまった。そして、火葬場。<押したくないけど押さなければ>との葛藤に苛まれる車中。やっと<仕方がない>と覚悟をされて押す場面に。

「これより、お扉を」という発言で炉前の扉が閉まった。その瞬間、職員が押してしまったボタン。

 葬送の儀式が終わった。それは「御斎」の始まる前だった。「葬儀屋さん、あなたの責任ではないでしょうが、職員が押されるのを見て衝撃だったよ。私は覚悟を決めていた。私が押してやりたかったのに」と嗚咽。

 人の思いは様々、何が正しくて間違いかを考える前に、百人百様の思いがあると感じたお言葉だった。

 如何だろうか、どんな素晴らしい葬儀を終えてご出棺となっても、ご最後の場である火葬場にあって「仕事」ではなくマンネリ化した「作業」的な行動をされたら全てが壊れてしまうもの。故に葬送の世界とは大変なプロの仕事なのである。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
携帯で下のQRコードをスキャンするか
 または
携帯に下のURLを直接入力します。
URL http://m.hitorigoto.net