2011-12-30

行く年へ  NO 2794


 今日もお詫びして訂正から。昨号で書いた京王プラザホテルだが、池袋ではなく新宿だった。どうも昔の記憶が曖昧になっているようで、次の日や数日後に気付くこともあるので「齢」を重ねると頭も「弱い」となるようだ。

 夜、妻と交流のある人物のご家族のお通夜に行った。私と同じ年齢の方のご逝去だったが、女性司会者の年齢紹介コメントで「行年64歳」と言ったので<?>を抱き、担当責任者を呼んで確認したところ、ご導師のお考えで満年齢となったそうだった。

 仏教では「数え年」という考え方が多く、一般の方々にもそう浸透しているようだが、一部の宗派の思想には「満年齢」を唱えられることもあり、ご存じない方々には混乱を来たすこともあるので複雑である。

 時間に追われ式場となった本館まで仕方なくタクシーに乗ったが、案の定気分が悪くなってしまって落ち着くまで時間を要した。

 ご親戚や弔問者の皆さんがご焼香を終えられた後、最後に焼香を手向けたが、同い年と思うとご遺影に対して何とも表現し難い心情が生まれた。

 この世に生を享けた人は、誰もが平等に死を迎えるというご法話を拝聴したが、理解は出来ても悲嘆に暮れられる状態の遺族の立場では、まだ受け入れられない段階であろうと拝察し、落ち葉舞う年の瀬の街を歩いて帰って来た。

 プロゴルファーに中で「職人」というような存在感の高かった「杉原輝雄」さんがご逝去されたが、ご家族で密葬を行われ、新年明けてから「お別れの会」が開かれるニュースがあった。

  新聞の「黒線」の入った訃報記事を見ていると、この「お別れの会」ということが増え、一方で「社葬」や「本葬儀」という文字が極端に少なくなったようであ るが、大企業の元会長や元社長で90代を超えられた方の「お別れの会」まで行われているのは驚きで大きな疑問。それこそ参列者の大半が「義理」ということ になるだろう。果たして、顔も知らず、話したこともない方への弔意はどのようなものなのだろうか? ただ可能なことは、偉大な足跡を称えることかもしれな いが、主催者となる施主側が理解をされているかどうかが重要な思いがする。

 葬儀の参列の本義は「焼香」や「献花」にあるのではなく「お 見送り」にあり、それが我々日本人の心に響く「野辺の送り」という言葉の背景に秘められていると言うものである。故に「ご出棺」を見送って参列の意義があ り、「焼香に行こうか」という会話は成り立たないことになるだろう。

 ご不幸の事実から通夜や葬儀の日時が決まり、やがて回覧板で町の皆 さんに告知されるが、そこで知られた方々の会話で「ご焼香に行きましょう」という言葉の発想を転換され、「お見送りに参りましょう」となれば、葬送の心が いつまでも大切に伝えられると思ってしまうこの頃でもある。

 全国で一日に約3000名の方の葬儀が行われ、その夜に3000名の方のお通夜が行われている現実があるが、それらは年末やお正月も関係ないので大変であり、訃報を知られた親戚の方々が帰省の混乱時期に大変なご苦労をされるのだから二重にお気の毒である。

 日付が変わって「晦日」を迎えた。自宅の前を通りながら叩く「拍子木」の音が聞こえる。地域の防犯委員の皆さんによる歳末警戒の見回りであるが、冷え込みの中を警邏される皆さんに感謝を申し上げながら手を合わす。
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