2012-01-03
ご葬送の心 NO 2799
昨夜、この「独り言」を発信してから銭湯へ行ったら、2日と3日は午前0時までと、いつもより1時間早く営業を終わられるようで、シャッターが半分下りていたので戻ってきた。
そこで、今日は早めに行ったら、帰り際に友人である割烹のオヤジにばったり。互いの体重測定を確認したら、私が1.7キロも上回っていたのでショック。少しお餅を控えめにしなければならないようだ。
さて、午前中に行われた葬儀に参列。通常ではお通夜の参列者数の6割ぐらいに減る会葬者だが、今回は全く事情が異なり、前日の3割り増しぐらいの参列者があったので大変だったし、霊柩車に随行するマイクロバスが4台というのだからご想像いただけるだろう。
3人のお孫さん達から託されたお爺ちゃんへのメッセージに感動した。初孫にあたる女の子だったと思うが、「素晴らしいお母さんを育ててくれて有り難う」との内容だった。祖父と孫という「命の伝達」関係にあって、これ以上の賛辞の言葉はないだろうと羨ましく感じた。
担当した女性司会者は「鍵カッコ」を代読させたら最高に上手。多くの参列者から「よかった」とお褒めの言葉を頂戴したので書いておこう。
ご導師の引導のお言葉の中で、十数年前の本堂落慶式の行列の先導を故人が担当され、その本堂に最初に入られた壇信徒だったことを紹介されていたが、真に信仰心の厚い人物観を物語る出来事だと印象に残った。
喪主様のご謝辞の結びで弊社やスタッフに対する感謝のお言葉を頂戴して恐縮。そこから行われた「お別れ」の方々が余りにも多いので大変だったが、それが故 人の人徳を顕著に物語るものだろうし、焼香を終えられてもお帰りにならず、ご出棺をお見送りされる方がこれほど多かったのは本当に凄いことだと思う。
お柩の横でご伴侶から「有り難う」と手を握られたが、足元に手向けさせていただいた一輪の花に託した思い出は語り尽くせないほどいっぱいあり、故人が町会長時代に、役に立たない私が副会長という「えにし」の時代が頭の中を過ぎって思わず手を合わせた。
故人の弟様達とも久し振りにお会いし、私が杖を手にしている姿に驚かれたが、代行する女性司会者は大丈夫ですからと申し上げておいた。
葬儀委員長を務めてくださったのは現会長だったが、新年早々なのに町を挙げてお世話をくださったので故人もさぞかしお喜びになられたことだろうと拝察しながら、帰宅時、隣接する女性部長さんが「いいお葬式で送られたね」と仰っていたことにも触れておく。
私が勝手に作った数式がある。それは、「会葬者数を分母にし、ご出棺時におられた人数を分子にする」パーセンテージで、それによって義理的参列者の現実が理解出来る訳だが、今日のお葬式は異例なほど義理的参列者数が少なかったことになる。
メモリアルボードのコーナーに表彰状や感謝状があったが、その中で知人達が驚いたのは防犯活動に対する生野警察署長からの感謝状で、授与された年度に昭和37年とあったからだ。今から約50年前のことなのだからびっくりである。
もう6日までお葬式を承っているが、新年は料理やサービス面で行き届かない一面が生じるので申し訳ないところ。帰省のUターンラッシュに巻き込まれて参列 されるご親戚の方や会葬者の存在もある。「葬儀は人を集め、人を走らせる」と言う言葉を改めて考えさせられた新年だった。