2012-01-05

人と神様  NO 2801


 所用が重なり今晩のお通夜には行けなかったが、ご多数の弔問者があったみたいで大変だったよう。明日の葬儀には参列予定だが、その前に来客があるので対応しなければならず、明日の夜は知人のお通夜に行くので風邪をひかないように気をつけたい。

 何軒ものご不幸が重なりスタッフ達の疲労困憊を心配しているが、安全運転だけは願っている。外は冷え込んできているみたい。やぐら炬燵に入って昔の資料を読んでいると、こんなことを書いていたのかという原稿があったのでしたためておこう。

それは、私が関係する研究会組織で「命という言葉で何を思うか?」という問い掛けに始まった問題で、「光」や「死」と答えた人物もいたが、「死」を知って「生」を学ぶことは間違いないように思う。

「生」と「死」は切り離せない同伴者、この狭間が「生かされる」こと。それぞれに与えられることになる「人生」となるようだ。

 人は、怒り、笑い、愛し、愛され、時を過ごし、幸せに喜びを感じ、不幸に嘆き悲しむ感情豊かな生きもの。

 人は、寂しくて弱い生きもの。いつも「同伴者」を求めてしまう。それは友人、伴侶を飛び越え、宗教ということも多い。

 お念仏やお題目を唱える。座禅を組む。やがて入門書から専門書の世界に進むこともあり、出家に至った人も少なくない。

 振り返って煩悩の強さを知り、喜怒哀楽が深まり、四苦八苦の理を悟ることになるだろうが、その時、残されている時間の少なさを学ぶことになる。

 その時間の過ごし方を見出すことこそ「悟る」ということなのかもしれない。

 人名漢字を見ながら「さとる」だけでも「学・覚・哲・理・解・諭・訓・暁・智・了・聡・惺・達・聖」などがあり、文字を創った先人の豊かな発想に感嘆すると共に、その文字の形成に至ったプロセスの存在を大切に考えたいと思っている。

 さて、日本の葬儀の大半は、仏式。そうすると我々にとっては、「お客様は、仏様」ということになるかも知れない。

過去の新聞記事に「お客様も『神様らしく』あって欲しい」という投書が掲載されていた。 投稿者は、コンビニの店員さん。あまりにも態度の悪い客が多いそうで、そんな怒りの心情を「神様」に例えて訴えていた。

 レジで渡したレシートをポイ捨てしていく人。お金を投げ捨てるようにして支払う人。物色したひどい痕跡の残る商品棚など、仕事の大半が片付けと清掃作業に追われる日々。

 一方で、強盗の被害が多く「従業員の命を第一に考えました」と、コンビニを閉業されたというニュースがテレビで流れていた。

  また、タクシーに乗ると、「最近のお客さんには泣かされます」という運転手さんの愚痴を耳にすることが増えてきた。「金を払っているのだから客だ。客は神 様だ」と、そんな横柄な人が多くなってきた社会。犯罪が凶悪化していくのも当たり前。いつかは神か仏になるのだが、生きている内は人間である前に「人」で あり、神様と呼ばれる客でありたいではないか。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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