2012-01-09

臆病であれ  NO 2805 


 マイクを手にしていた現役の頃に交流のあったお寺様達は、皆さんがご高齢となっているが、数日前、葬儀に向かう途中で偶然に出会ったお寺様から声を掛けられ「こんなに冷え込んでいるのに大丈夫?」とご心配くださった。

 伺ってみると、ご自身も胃の手術を受けられたそうで、胃が小さくなったところから食事の摂取が少なくなったと仰っていたが、開腹手術ではなく腹腔だったとのことで昔では考えられない医術の進化である。

 さて、プロは、どんな世界でも「臆病であれ。それが謙虚の源」と言うのが私の哲学。過去にタクシー会社、JR、航空会社の経営者には絶対になれない性格であると吐露したが、これまでの仕事の中で人の命の尊さを強烈に体感してきた歴史から、それが一層強くなってきている。

 臆病に考えたら飲酒運転なんて絶対に出来ないだろうし、きっと誰もが安全運転になると思うが、明後日に判決の出るJR福知山線大事故の責任問題について、今日の朝刊に違った観点から捉えられる被害者の意見があって考えさせられた。

 事故発生の数日後、この「独り言」に近い将来にJRが慰霊式典を企画するだろうが、それは遺族側からの企画で行うべきと指摘していたが、結果としてその懸念が現実に起き、遺族側が拒否されたという事実もあった。

 さて、今日の朝刊のことだが、その被害者が仰るには「私達にも責任の一端がある」というもので、目的地までの時間の短縮を望む裏側にこんな危険が潜んでいたというようなご意見だった。

 過去ログの中に、新快速や新幹線は飛ばし過ぎということを何度か書いたが、それらにつながる考え方と共通する思いを感じ、不思議とすんなりと賛同してしまったのである。

 京阪特急、近鉄特急など、私鉄を利用しても恐ろしさを感じるほど「飛ばしている」体感があるが、最高速度を10キダウンさせるだけで随分と安全性が高まると思うのは、臆病心がそうさせるだけではない現実があるように考えてしまう。

 列車の運転士が携帯電話でメールを確認していたり、機長が飛行中に機内乗務員と記念撮影をしていたびっくりニュースもこれまでにあったが、安全の最後の砦は「人」であり、人的ミスの発生を考慮する経営姿勢重視が交通業界の基本と考えたいではないか。

  お通夜の式場の前を通って知り合いのお好み焼き店へ出掛けた。隣の席に一人の爺さんが座ってブツブツと呟き、時に喚きになって聞こえる。どうやら酔っ払っ ていたようだが、他人に迷惑を掛ける酒だけは慎みたいもの。それで人格が変わるなんて羞恥の極み。一方で、成人式で酒を飲んで暴れた愚か者も報じられてい たが、二十歳にもなってそんなことも理解出来ないとは哀れみを感じるが、前術の爺さんのことを考えたら強いことを言えないではないか。

 人として生まれ、人として人生を過ごすならば、基本中の基本として、まずは他人に迷惑を掛けないことだけは遵守したいもの。

 今日の結びは説教的なことで恐縮だが、過去に私が教えられたことをしたためておこう。

「愛護」という言葉があるが、医師、看護師さんなど医療従事者は「相互(あいご)」という意味をご理解いただきたいもの。

 診る人、看る人、そして診られる人と看られる人。立場は変わっても、人はいつどうなるか分からないもの。だから相手のことを精一杯考えて行動することが望まれるだろう。

 曹洞宗の開祖「道元禅師」が説かれたお言葉に「愛語」というのがある。これは「親切な言葉」という意味だそうだが、禅師は「愛語に回天の力あり」と教えられている。

 我々葬祭業にとっても、葬送の道はいつか自身も通る道。「相互」を「葬互」と考えてご遺族になられたご家族に接したいものである。
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