2012-01-17
忘れられない日 NO 2813
今日は、あの阪神淡路大震災から17年目。我が家が倒壊するのではと思ったほど揺れたので目が覚め、尋常でない揺れに<震源地は?>と考えてテレビで確認 した際に飛び込んできたのはNHKのスタジオ内から緊張の表情で伝える宮田アナウンサーの姿。「先ほど、阪神を中心とするかなり強い地震がありました」と 言われたように記憶しているが、揺れるスタジオ内の映像を見て衝撃が走り、想像出来ないような被害が発生しているような気がした。
やがて飛び込んできた映像は、国道43号線を走る阪神高速道路が倒壊した現実。それは夢のような恐ろしい光景だった。
当日に担当させていただいていた宗儀のことが心配になり、スタッフと電話連絡をしても全く通じず、電話回線が切断されたのではと心配した。
何とか通じたのは公衆電話と携帯電話。一般の電話回線は長い間繋がらなくなっていたが、それが平常に戻るまではかなりの日数が経ったようだった。
弊社も犠牲になられた方々の葬儀を担当させていただいたが、深い交流のある神戸の公詢社さんが2000名を超える方々を担当されたという会社挙げての尽力を知って驚愕したものである。
そんな大地震が昨年にも発生、東北で信じられないような犠牲者が出たし、併せて原子力発電所が大変なことになるなんて想像もしなかったこと。人の世の自然の恐ろしさを改めて教えられた出来事でもあった。
今、私に出来ることは手を合わせることだけだが、少なくとも避難を余儀なくされている人達のために、原発が収束することを願っている。
西館で行われた葬儀に参列。ナレーションを聞きながらご生前の故人との出来事を思い出していたが、お別れの際、お棺を囲まれる曾孫さん達が書かれた手紙や絵を納められた光景に自然に涙が流れた。
「お 婆ちゃん、突然だったけど、孫や曾孫の囲まれてよかったね」と声を掛けられたのはご近所の女性。きっと深い交流をあった方だろうと拝察したが、ご出棺をお 見送りした後、その方が回りの方々に「いいお葬式で送られたね」と語り掛けられたことに少しだけ安らぎの思いが抱けた。
夜、ご急逝され たお婆ちゃんのお通夜に参列。お寺様の控え室に参上。ご当家とご仏縁が結ばれてから約25年で、事故で亡くなられた娘さんの23回忌も終えられたと伺った が、それから今回で7回目の導師をお勤めということになるのだからご当家のお気の毒な歴史がご理解願えるだろう。
ご法話で故人との思い出話をお聞かせくださったが、やさしいお言葉でご当家のお骨が納められているお手引き地蔵菩薩のお話を拝聴し、過去に担当させていただいた方々のお顔を思い浮かべていた。
不思議なことがあった。今日の葬儀、そして今日のお通夜、どちらも享年92歳のお婆ちゃんだったが、メモリアルボードの中にあったお写真の一枚が、どちらも新潟県佐渡島で撮影されたご夫妻のツーショットだった。
葬儀のお婆ちゃんは昨号で書いたように「たらい船」に乗船されているもの。お通夜のお婆ちゃんはホテルの名称の入ったバスを背景に撮影されたもの。年代ま では確認しなかったが、年齢を想像すると同じ頃のような気もする。そんなご仏縁があるかもしれないので不思議なことである。