2012-02-09

厳しい冷え込み  NO 2836


 道を歩いていると、前方からやって来た自転車の女性が止まり、声を掛けられた。マスク姿だったので分からなかったが、「先日はお世話になって有り難う」と仰ったところで何方かが判明した。

 先月にご伴侶を送られた葬儀の喪主さん。担当した社員への感謝のお言葉があったので嬉しくなったが、満中陰を過ぎた頃から本当の寂しさが訪れるところから、お身体ご自愛くださいと申し上げて頭を下げた。

 大切な人を喪うと心が空虚になってしまうもの。これまでに何度か書いたが、家族がある日突然に遺族になると、孤独感、自責感、絶望感、判断力低下、猜疑心などに苛まれるのが普通で、何事にも敏感で怒りっぽくなり、時には幻覚や幻聴の兆候まで生じるというのだから大変。

  仏式の場合には7日毎の法要が営まれ、お寺さんを迎えてご親戚の人達が集まるところから忙しく、そんな中で「悲嘆」のほんの少しが和らいで行くのだが、満 中陰を一区切りとして考えると、そのあたりから本当の寂しさに襲われることになり、日々の生活の中にあったすべてことが思い出となって過ぎり、亡き人のこ とばかりが思い浮かんで来ることになってしまう。

 前にも書いたが、悲嘆の心情の片隅に「思慕感」の存在があり、それが死の現実の受け容れの段階にあって大切と分析され、葬儀を担当した我々葬儀社もその対象となると考えられている。

「私が涙を流して悲しんでいた姿を見ていたでしょう。私の大切な人が亡くなったことを知っているでしょう」と言うような、目撃者みたいな悲しみの事実を共有する立場として考えられることになり、その理解なくして葬祭業に従事するのはおかしいとなってしまう。

 そう考えると、葬儀の仕事にあって「ビジネス」という発想もとんでもないことだし、感動なんて言葉を軽々しく宣伝のキャッチコピーに使用して欲しくない思いに至る。

 外は風が強くなり気温がかなり低下してきている。ずっと葬儀が続いているが、雪の地域から参列される方々のことが心配になる。

例年の3倍位の積雪を記録している地方もあり、飛行機の欠航や列車の運休で参列出来ないという不幸もある。そんな二重の悲しみだけはないようにと願っているが、自然の猛威は手加減なく厳しいもの。まずは自然に対して謙虚になることも大切だろう。

  そうそう、真向かいの医院の前で背の高いマスク姿の女性から声を掛けられた。マスクを外されたところで何方かが分かったが、彼女のご両親とはご生前に深い ご仏縁があった。何やら風邪の症状から医院に来られたようだが、幼い子供達の存在があるので罹患しないようにと手を合わせた。
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