2012-02-27
講演から NO 2855
前号で講演の感想については明日にと書いたが、明日の保証は無に等しいので連続発信でしたためておこう。
今日、受講した講演だが、頂戴したレジュメに初めて知ったことが記載されていたので原文のまま下記させていただく。
『自 殺という言葉は、ラテン語のSui(自分)sidere(殺す)から来ている。英語のsuicideがはじめて使われたのは1651年、~略~ ヨーロッ パのことばはいずれも「自分を殺す」という倫理的評価をもったことばとして表現されている。ところが日本語ではどうであろうか。「自殺」ということばが使 われるようになったのは明治以降だが、この他に自決、切腹、心中、自刃、詰腹、投身自殺、自爆、玉砕などで、このほかにも18ぐらいある。こうしたことば は倫理的評価よりも、その人がいかに死んでいったかというプロセス、手段を表すものであって、価値判断から離れている。(布施豊正「自殺と文化」自殺予防 と危機介入NO、12 1988年6月)』
主催されていたのは大阪仏教テレホン相談室。開設されてから25年目を迎えらたそうだが、活 動はすべてボランティアと聞いてびっくり。偶々今年度の会長さんが深いご仏縁に結ばれるご住職だったし、講師のパソコンで映像を映し出すお手伝いをされて いた副会長さんは、我が生野区の禅宗のお寺様。過去に素晴らしいピアノ演奏をご披露くださった思い出もあり、何か特別なご仏縁を感じる講演会でもあった。
振り返れば1万名様以上の方々の葬儀を担当した歴史があり、司会を担当する前には必ずご導師と打ち合わせをしてきたところから、会場内には過去にお会いした方々が多くおられたので懐かしい思いも。
講師のお話の中に「癒す」はあっても「癒し」という言葉は辞書にはない。最近に使われてきた言葉で、悲しみを癒すには同じ体験に再会することから始まるもので、音楽を耳にして消えるような単純なものではないというご体験談が勉強になった。
また、カウンセラーの立場で取り組まれる中で、コラージュ(collage)という方法に効力があるそうで、それは、悲嘆にくれられる方々に好きなように 写真などを貼り付けて貰う機会を設け、その出来上がったものに内面にある悲嘆の心情が表れるところから、カウンセリングの入り口として重視されているとの ことだった。
そんな作品の幾つかを映像で拝見したが、それは、見事に顕著という世界を感じ、大震災による子供達の心の傷を描いた絵などにも強烈なインパクトを感じた。
会場となった太融寺さんからしばらく歩き、冷え込みが厳しかったので地下街に入ったが、何か食べようとウロウロしていたら、知らなかった地下店舗街が存在しており、そんな中のある店に立ち寄った。
我々の年代で言うなら「洋食」の部類に入るだろうが、低価格でイタリア料理を提供していたのでリーズナブルな感じ。しかし、ちょっと食べ過ぎてしまったので銭湯での体重測定が心配である。