2012-03-10
しんどい往復 NO 2867
早朝に目が覚めた。何やら胸騒ぎを感じる。テレビのニュースを見たら、深夜に関東北部で大きな地震があったそうで、在住する孫達のことを心配していたら、姉から電話が。
それは、母の実家の訃報。私の伯母になるので長男としては弔問に行かなければならない。別の事情があって大阪を離れることは難しかったが、決断して急いで着替え、近鉄鶴橋駅に行った。
特急で2時間以上も要する距離、二人分の切符を購入したら発車まで30分ある。そこで昼食をと「お好み焼き」の風月に入り、席で注文の際に発車時間のこと を伝え「間に合うかな?」と確認すると、「何とか間に合うでしょう」とのことで注文したが、結果として間に合わないことが判明。急いで「持ち帰り」対応を して貰った。
車内で「焼きソバ」と「お好み焼き」を食べるのだから大阪の鶴橋らしいところだが、香りについては他のお客さん達に影響し たように思ったが、お寺さんの一行らしい団体がおられ、紙コップを30個ほど用意された人物が鳥羽駅まで一人でずっとお酒と焼酎を飲まれていた姿に驚い た。
途中の停車駅「大和八木」での停車時間が長い。5分以上も停まったまま。それは、降車駅で事情を知ることになったのだが、京都からやって来た列車と併結するからだった。
やがて鳥羽駅、昨年に3回宿泊したシーサイドホテルを左側に見ながら、海岸線に沿ってカーブの多い線路を走り、やっと最寄りの駅に到着した。
駅前からタクシーに乗ると、服装を見られたようで「お葬式ですか?」と聞かれたが、行き先を告げるとご存知だったのでびっくりした。
懐かしい思い出のある地へ着いた。身体の弱かった私だが、今で言う幼稚園から小学1年生と2年生を過ごした田舎なので特別な郷愁を感じる。本家に入ったら 「あら、大阪の!」と驚かれたが、明日がお通夜なのに「今、お骨あげに行っています。もう戻る頃なのでごゆっくりと」と言われ、待たせてあったタクシーに 支払いを済ませ帰路をキャンセルすることにした。
この地に在住する人の大半が神道で、それは伊勢神宮につながる歴史があるからみたいだが、小さな仮祭壇が神道形式だったので理解出来た。
通夜と葬儀は駅に近い葬儀専門式場で執り行われるそう。骨葬形式は他の地方で何度か体験したが、通夜の前日に火葬するとは初めての体験。改めて葬儀に関する慣習の異なりを知ることになった。
やがて戻って来た喪主に挨拶し、遺骨が安置されたところで拝礼をさせて貰ったが、その後の会話に驚くことが幾つかあった。
幼い頃に遊んだ仲間の死を知って衝撃を受け、彼の奥さんと昔話をして懐かしんだが、昨年に鳥羽シーサイドホテルに3回宿泊したと言ったら、奥の方から「今 年も来てくださいよ」という声が聞こえたのでびっくり。その女性は、何とそのホテルに勤務しているとのことで、その際にはよろしくと進展した。
また、同級生だった一人が、今、伊勢神宮の警備関係のトップに就任していることも知った。そんなこととは露知らず、昨年に3度も参拝したのにと思うと残念 な思い。次回に参拝した際に、警備の人に彼の名を確認してみようと楽しみにしながら、帰宅してからネットで検索してみたら、消防長や警察署長を経て伊勢神 宮のそのポストで活躍していることを確認した。
先方の車で駅まで送ってもらったが、難波や上本町行きの特急発車には1時間ぐらいの待ち 合わせがある。そこで各駅停車で鳥羽駅までと考えて切符売り場に行ったら、10分ほどの待ち合わせの京都行きで「大和八木」駅で難波行きに乗換えが出来る とのこと。思わず心の中で<ラッキー!>と叫びながら購入した。
ホームに立つと、数分で京都行きの特急が到着。3号車だったが、「大和八木」駅に到着すると、先に着いていた難波行き特急が同じホームとなっており、6号車の指定席で移動を覚悟していたら、真横にある先頭車両が6号車だったので助かった。
こんな強行軍の日帰りの列車移動は想定外。お陰で腰が痛くなってしまったが、母の実家の不幸なのだから責務は当然のこと。この季節にしては強烈だった西日が雲に見え隠れする頃、鶴橋駅に到着した。