2012-03-11

贈る言葉  NO 2868


 今日は東日本の大震災から丸一年の日、復旧や復興の言葉が飛び交ってはいるが、厳しい現実を強いられている方々の朝や春の訪れを衷心より願っている。

「記録」と「記念」という言葉がある。前者は「事実を書き記すこと」で、後者は「後々の思い出に残しておくこと。形見。過去の物事を思い出し、心にとどめること」と辞書に書いてあった。

 携帯電話が登場し、機能として撮影が可能となったところから、何でもパチパチ。カシャカシャと撮影される光景を目にすることが多くなったが、ある英国人がレストランで運ばれてきた料理を撮影する日本人に対してマナー欠如だと指摘する出来事もあった。

それは、我々葬儀の世界にあっても問題が多く、祭壇をバックに「記念だから」と発言された若いお孫さん達に、やんわりと「記録ですよ」と教えたこともあった。

 お棺の蓋を開けたお別れの際に撮影されたり、撮影禁止となっている火葬場で撮影して制止される光景を何度も目にしたが、撮影にも最低限度のマナーがあることを学んで欲しいものである。

 観光地で何気なく撮影される場合や、列車や飛行機の中で撮影されるケースでは第三者が被写体に入っていることを忘れないで欲しいもの。それでクレームが発生し、すべてを削除することになった出来事も起きている。

 我々葬儀のケースでも、記録として撮影をする場合、参列者の個人情報の存在を忘れないようにしたいもの。後方からならまだしも、前方からのショットで押さえる行動はご法度として控えたいものである。

  被災地での静かな卒業式のニュース映像に涙した。原発が近いがために避難を余儀なくされた子供達があまりにも気の毒だし、本来なら卒業式を迎える子供達が 犠牲になっていた事実があまりのも悲しく、出席出来た生徒の皆さんに、少なくとも心の中に存在している震災発生前の郷愁を大切にして欲しいと手を合わせて いる。

そんな日、お釈迦様の誕生日と同じ日にアメリカで生まれた二人目の孫が、今日、幼稚園を卒園した。帰国後は関東に在住するところから、大震災で一時的に避難するという体験もしていたが、この世に存在してくれていることだけでも有り難いと感謝する日々。

 一方で、3歳でアメリカ生活となった初孫も小学校を卒業する。彼女は幼稚園を1年半、小学校を半年間だけアメリカで過ごしたが、それが中学生になるのだから自身が齢を重ねるのは当たり前だろう。

 さて、ある府立高校の来賓祝辞が物議を醸している。話題の「維新の会」に所属する議員だが、国歌斉唱の際に起立されなかった教員の存在を目に、壇上での祝辞で「おめでとう」ではなく「ごめんなさい」と卒業生に謝罪をしたそうだ。

  そんなことを発信されるご本人のブログが大変なことになっているそうだが、種々様々な意見が出るのは当たり前。しかし、昔から言われる「TPO」を弁える ことや、最近に常識となった言葉「KY」ぐらいは考えるべきで、議員先生がまだまだ若いと思ってしまった出来事だった。

 こんな私も小学校の卒業式で4年間祝辞をするという体験があったが、進行を担当される先生にお願いし、持ち込んだ音楽を流して貰ったりして、かなり賛同があったと自負している。

「音楽?」と誤解を招いたらいけないので、その一つを紹介申し上げるが、卒業式の当日
の朝、自宅にあったハモンド・オルガンで「加山雄三」さんの「旅人よ」を演奏して録音。それをバックに作詞をされた「岩谷時子」さんがイントロ部分に創作された詩を朗読したものである。

  その部分は「加山雄三」さんに歌われることはなかったが、ある楽譜の中にあった「人生は旅人である」という一説が入った台詞が素晴らしく、卒業式終了後 に、先生や多くの保護者の方から「詩をもう一度言って、メモしておきたいから」と言われたのでよかったのだろうと思っている。

 小学校や中学校を卒業される生徒さん達に伝えたい言葉がある。それはこれまでに何度も書いた持論だが、「人生で被害者になるな。加害者になるな」と言うことと、今日あることはそれまでが「幸運だった」ということを理解して感謝することである。

  飛行機、列車、車での移動、事故に遭遇しなかったから今があることになるし、前方からやって来る車とすれ違う際、対向車を運転される人が居眠りや心疾患、 脳疾患でなかったからとも考えたいし、土砂崩れ、トンネルの崩壊、台風による水害などの被害者にならなかったこれまでの事実に感謝し、共に震災の被災者の ことを慮りたいと願っている。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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