2012-04-01
忘れられない日 NO 2889
お米の種類を見に阿倍野近鉄百貨店の地下へ行った。様々な産地のお米が並んでいる。味は水の影響が高いと言うが、半年ぐらい前から2キロぐらいずつ購入して確認をしている。
ついでにお気に入りのフランスパンを購入するのに「ドンク」へ寄った。支払い窓口に並んでいると、隣の窓口スタッフに質問をする女性のお客さんがいるが、 どうやら新人らしくて質問された売り場の案内が出来ず、私がいた窓口のスタッフに助けを求めたら、すぐに「2階と10階にあります」と答えたのでベテラン の対応振りに感心した。
我々の仕事にあってもグローバルなサービス配慮が求められている。飛行機やフェリーの予約から新幹線や在来線の特急列車、進んでは高速バスの紹介ぐらいは出来なくてはならない。
また、葬儀を終えてお帰りになる方々への高速道路の通行止め情報や渋滞情報は、ネットで確認すればすぐに入手出来るもの。やるかやらないかの違いは大きく、そんな発想を重視したいものである。
時刻表の一冊を勉強すれば、知らなかったことがいっぱい掲載されている筈。それは、お客様のためだけではなく、自身の大きなハウツーソフトにもなると考えたい。
講演活動で全国各地へ行った歴史があるが、在来線の特急列車の大半が頭の中の引き出しに収めてあり、依頼があった際の電話のやり取りで最寄り駅を教えて貰い、特急列車の名称を言ったら驚かれたケースが何度もあった。
ブルートレインの大半がなくなり、残っているのは「トワイライトエクスプレス」と「カシオペア」は別として、「北斗星」と「あけぼの」だけになってしまったが、消え去った多くの列車それぞれに思い出があるので旅愁的郷愁を感じながら寂しさを覚えている。
今日、4月1日は忘れられない日である。49年前の今日、私は阪急沿線にある「仁川」の近くで転び、腕を着いた上に倒れて右手首を骨折。立ち上がった瞬間に視野が黄色から暗くなってしまい、そのまま岩場にもたれるような状態に陥ってしまった。
同行していた仲間達が心配し、日曜日で休診していた内科の医院に飛び込み、何とか治療をと頼み込んでくれたのだが、診察室で自分の手首が「く」の字に折れ ているのを確認して衝撃を受けたら、医師が「気を失いかけている」と言われ、気付けのためにとびっくりするような太い注射器を持ち出して来たのでそれだけ で正気に戻ったが、その注射器は鎖骨の辺りに打ち込まれ、鎮痛の効果も含まれていたらしい。
当て木など応急処置を施され、三角巾で吊り下げたそれこそ大袈裟な姿になり、すぐに自宅に電話を入れたら「嘘でしょう?」と姉に笑われ、4月1日という日が悪かったからか、どうしても信じて貰えず、専門医の治療を受けなくてはならないので予定を変更して自宅に戻った。
自宅に戻ると、「何っ!その格好?」と腕を叩く姉。心配で付いてきてくれていた友人が「本当に骨折したのです」と言って説明し、やっと事実と気付いてくれ たが、治療費を貰って寺田町駅近くにあった「ほねつぎ大学堂」に行ったら、「骨折だね。ちょっと痛いけど我慢してね」と言われ、先生と助手の2人が引っ 張ってまっすぐにし、その状態で添え木となる板を当て、その上から包帯でグルグル巻きにされた。
当時、高校2年生の新学期を迎えようとしている時期。それは、あの「舟木一夫」さんの大ヒット曲「高校三年生」がリリースされる2ヶ月前の出来事だった。