2012-04-12

衝撃の事故  NO 2898


 自身が今日現在「この世」に存在する不思議に感謝をしなければならない思い。そんな実感を改めて認識した交通事故。京都の悲劇はまさにそんな出来事であった。

 京都のタオ指圧に通っていた頃、何度も歩いた道が現場となり何より驚いたが、命を失われた7人の被害者や多くの負傷者のことを考えると余りにも傷ましい。

 加害者の車が電柱にぶつかって止まったところは縄手通り。北に向かうと京阪三条駅になるが、タオ指圧の場所は三条駅から徒歩3分ほどだったが、手前の京阪四条駅で降りて歩くことが多かったので衝撃を受けている。

「加害者になるな」「被害者になるな」と言うのがこれまでに何度も書いた私の人生哲学だが、自身がその両者にならなかった幸運に手を合わせてしまう。

  飛行機、列車、バス、タクシーを利用したこともあるし、数十万キロの運転をしてきた歴史もある。そんな中で事故に巻き込まれなかったことは不運でなかった こと。歩道を歩いていて事故に遭った気の毒な人もあったし、工事現場からの落下物で亡くなったり大怪我をされた事件の報道も読んだことがある。

 災難とは何処で遭遇するかは分からないもの。対面通行の道路やトンネルの中ですれ違った車のハンドルを握る人物が心筋梗塞や脳出血にならなかったから正面衝突が避けられた事実。そう考えると人の寿命とは不思議で成り立っていることを知る。

 多くの葬儀を担当させていただいたが、中には事故の被害者も少なくなかったし、発病された場所が秘湯と呼ばれるところで、大きな病院のある市内だったら助かっておられたという悲しい現実を知ったこともあった。

 50代の頃、覚悟して手術を受けたこともあったが、その背景には講演に出掛ける場所が大都市という条件が課されていたからであった。

 お陰でまだ「この世」に生かされている日々を過ごせているが、過日に会った幼い孫達にも「今日あることは幸運」と教えてきた。

 そんな孫達が在住する地で今日も大きな地震が発生していた。その地の歩道を歩いたが、あちこちに大震災の事実を顕著に物語るように亀裂が入ってぼこぼこになっていたので驚き、体育館に避難を余儀なくされた現実を知ることになった。

 スマトラやメキシコでも大地震が起きていたが、自然の猛威にはなす術がない「この世」の理。だったらもっと謙虚になって労り合わなければならない筈。内紛で争ったり、兵器を打ち上げようとする愚かな国家に「?」を感じてしまう。 

  就寝する前に「今日も一日有り難うございました」と手を合わせ、朝に目覚めたら「目覚めさせていただいて有り難うございます」と手を合わせたお婆ちゃんの 葬儀を担当したことが忘れられない。ナレーションの原稿を創作するためにご遺族から拝聴したそんな話題に感動し、私と女性司会者2人のナレーターで対応し たら、映像と共に残しておきたいというご要望から、後日にスタジオを借りて録音したことも懐かしい。

 明日の目覚めは分からないが、少なくとも今日一日に感謝して手を合わせなければと実践しよう。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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