2012-05-28
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国会の事故調で本格的な原発事故に関する調査が始まっているようで、昨日も当時の官房長官だった枝野氏が質問される映像報道があった。
「直ちに影響は・・・」という流行語みたいになった言葉の無責任なあやふやさが露呈したようだが、この一年と少しの月日の流れに、もっと深刻な現実が秘められているのではと考える国民が少なくないと想像する。
今日は、菅前総理へ質問する映像が流れていたが、当時の会議の大半の議事録さえなく、どうにも納得に至る内容ではなく、被災地の皆さんには改めて怒りが増したと拝察する。
事故後にメディアに毎日のように出ていた「加藤ちゃん」似の人物が低次元な問題から姿を消したが、今の東電側から登場しているスポークスマンの冷めたい発言イメージには抵抗感を強く感じ、現場の苦しみをどれだけ理解しているの?と疑問を抱いてしまう。
「体感に勝るものなし」「人は辛い思いをしただけ人に優しくなれる」などの言葉があるが、彼にはそんなイメージを微塵も感じず、関係者が揃って仮設住宅や避難所での生活を体験してくれるべきだと伝えたい。
そんな中、東電から依頼を受けて収束のために取り組んでいる下請け会社のトップの発言に重みがあった。「私も加害者側の一人です。だからこれ以上国民の皆 様に被害が及ばないように」というようなことを語っておられたが、現場で作業するスタッフの皆さんが受ける放射線がすぐに限度を超えてしまう現実を知り、 改めて今後の不安が増してしまった。
伝える人に深刻さがないのは完全なミスキャスティングである。加害者側がそんなことを意識して人選しているのかもしれないが、プロデュース力が欠如しているから事故が発生したのであり、謝罪や現状報告ぐらい真剣にプロデュースをしなさいよと苦言を呈するところである。
これらによく似たケースがスカイツリーにも見えて来る。華やかな一面の裏側でなかされている人達がいる。「静かな町だったのにうるさくなって」「撮影する のに庭まで入って来る人がいて」「せっかく咲いた花を抜かれたり、植えてあったものを球根ごと持って行かれて」「ゴミが驚くほど増えて」と嘆かれていた ニュース映像に、かつての下町にあった温かい人情の絆なんてどこかへ行ってしまったようで、マナーの悪い人達が多くなりつつある社会を憂うこの頃でもあ る。
多くの人が集まるところから歓迎する立場の人もいるだろうが、そうでない人の存在を理解しない人がいるのも寂しいこと。「駐車する 車が増えた」「騒々しくなった」「深夜でも若い人達が騒いでいる」と困っている人達のこと。日の当たるところと当たらないところの両方を客観的に見える人 がどれだけいるのだろうかと残念な思い。
今日も強風でエレベーターを停止させたニュースもあったが、事故が起きるより起きない方がよいのは当たり前のこと。何でも安全第一を優先させたいものである。
安全の言葉で思い出したが、関越道でのバス事故から1ヶ月が経った。杜撰な運行管理をしていた会社の代表が逮捕されていたが、昨日の謝罪会見をどんな思い で対応したのだろうかと考えてしまう。新潟県のトンネル爆発事故もそうだったが、経営する立場のプロデュース力の欠如が悲劇に繋がるのは歴史が物語ってい るのに、どうして次々に起きるのだろうかと疑問を覚える。
被害者の立場を考えたら、絶対に事故は起こせない。緊張感が欠如するような、 ちょっとした気の緩みに隙間が生じ、想像もしなかったミスや事故が起きてしまう。葬儀と言う場で何度も悲劇のシナリオの現実を目の当たりにして来た体験か ら、ご訪問の皆様に常々の危機感の重要性を願い上げる。