2012-06-29
怖~い小説② NO 2970
銭湯へ行った。お気に入りの温めの湯はバスクリンのヨーロピアンローズの香り。その名の通りバラ色の湯、香りもバラの花そのもだった。
着替えが出来る。タオルが絞れる。身体に不自由なところがあってもそれは感謝するべき幸せなこと。ましてや食事が出来るし味も敏感のままなので手を合わせている。
久し振りに体重を計測した。ずっとトトロ体型に恐怖感を抱いていたので避けていたが、覚悟して測ってみたら60キロ台だったのでホッとした。
温めの湯に浸かりながら瞑想する。ふと浮かんだのが我が生涯の仕事のこと。「経営者は宗教者たれ」「葬儀社に従事するスタッフは宗教者たれ」という言葉を思い出した。
これは、随分昔から抱いていた私の哲学だが、不幸な方々を少しでも不幸でないようにとお手伝いが出来ればと考えると、宗教者でなければならないという結論に至るのである。
自社が社会にあってどうあるべきなのか。その存在に意味や意義はあるのか。そんなことを謙虚な姿勢で考えながら、自他ではなく利他の経営姿勢を考えたいものだ。
葬祭業を「ビジネス」と表現する現実やご遺族のことを「消費者」と発言する葬儀社もあるが、私が最も抵抗を感じるのはこの言葉で、そんな連中が「感動」を全面的に売り物にしているから滑稽に思ってしまう。
さて、何事にも最悪を想定するのが昔からの考え方。そんなところから様々な事件を想像しながら小説を書いた歴史もあるが、今日もそんな中から怖~い話を書いておこう。
昨号に書いた小説に続いてしたためることになるが、また大手冠婚葬祭互助会を舞台にするのは大手で分業制というマンネリの中だからこそ起こる危険性が考えられるからで、あってはならない警鐘としてお考えいただければ幸いである。
大規模な式場で日に数軒の葬儀が行われ、同じフロアでも2軒の葬儀が重なっていた。
一軒の葬儀が終わると同時に別の葬儀が始まるという過密スケジュールだが、そんな中で信じられないことが起きてしまった。
導師が退出され、祭壇の奥に安置されていたお柩を式場に運んでお別れをする訳だが、その前に故人のお顔を状態を確認することも重要なことで、時には急変されるケースもあり、そんな時には特別な処置を講じる必要もあった。
「ちょと確認しようか?」と2人のスタッフ。お顔部分に設けられている扉を開けて一人が確認すると、表情を曇らせしばらく固まってしまったのでもう一人が「どうした?」と確認した。
彼にしてみればお顔の処置が必要なのかと思った訳だが、固まってしまったスタッフはもっと別のことで<?>を抱いていたのである。
「おかしい。こんなお年寄りではなかった筈」と一方が予想もしなかった発言に驚き、すぐに「どういうことだ?」と聞き返した。
祭壇の奥で始まった二人の会話だが、確認した人物によると故人の髪は黒かった筈なのに白髪になっている。髪が急に白くなることはあり得ず、ましてや司会者 がコメントしていた故人の年齢からのイメージには程遠い現実。そこで二人で再確認すると、やはり「おかしい」ことに気付いた。
そこで話し合って結論に至ったのは、同フロアで始まろうとしている別の葬儀の故人と入れ替わってしまっていること。しかし、今更そちらに確認に行く術は不可能なこと。そこで二人が取った行動は信じられない発想だった。
「喪主様、お顔の状態が急変され、お別れは拝顔されない方がよろしいかと。ご生前のお顔を思い浮かべてお別れをされることをご提案申し上げます」
それは、ある意味大きな賭けでもあったが、喪主を務められる人物は、如何にもプロらしい言葉に妙に納得をされ、ご親戚の人達に対し「生前の表情を思い浮かべて花を入れて」と説明される発言までされ、お顔には白布を掛けたままの状態でのお別れになった。
やがて、お柩はご出棺。もちろん同フロアで行われていた葬儀でも同じ言い訳でお別れが進められたのは言うまでもないが、ご遺族が異なるご遺骨を持ち帰られたことはあまりにも悲しいではないか。
病院のミスから、生まれた赤ちゃんの取り違えという信じられない事件が何度か報じられたこともあるが、ご遺体が入れ替わるなんてミスは、絶対にあってはならない悲劇である。