2012-07-18
悲しみに接すること NO 2990
梅雨明けが発表されたら猛烈な暑さ。昨日の群馬県館林市で39度をオーバーしたニュースに驚いたが、我が大阪も猛暑日が続いている。
全国で熱中症で病院へ搬送された人が多いが、誰もが最悪の状態を想定しておくことが大切なこと。一昨年、友人がかわいい孫を熱中症で亡くした悲しい出来事があり衝撃を受けたことが忘れられない。
園児から大学生まで、スポーツを指導する立場にある人は、かならずその危険性について配慮をして欲しいものである。
高齢者の室内に於ける熱中症にも気をつけたい。節電が叫ばれる最近だが、命を守るための最低限度のエアコン使用や扇風機は欠かせないだろう。周囲にいる家族が気を付けてあげたいことだ。
節電の社会原因になっている原発問題だが、全国で予定されている意見聴取会に於ける電力会社の介入が物議を醸している。日本人は、いつからこんなにプロデュースが下手になり、愚かなシナリオしか書けないのだろうかと残念な思い。
パーセンテージの三択となれば、折衷案という真ん中への誘導が当たり前の話で、こんな低次元な発想で意見聴取会を開くとはあまりにも国民を馬鹿にしている としか考えられず、あちこちで紛糾しているのは極めて当然のこと。中部電力が謝罪したニュースを見ながら、国民が馬鹿ではないという結果のような気がし た。
シナリオと言えば、尖閣諸島一連の対応も下手だし、北方領土のそれも最悪。政府や官僚にしっかりとしたシナリオを描ける人物は存在 しないのだろうかと疑問を抱くし、教育界のドンと言われる民主党の輿石氏もいじめ問題に一切触れず、党が「崖っぷち」と保身の姿勢ばかりを見せているのは そのまま大津の教育長や学校関係者の姿に被さるし、美人市長の行動さえも政治的パフォーマンスに見えてしまうのだから残念ではないか。
テレビの中で、あるコメンテーターが大津の事件に関し、「市や学校の職員は公務員であり、至らずして事件が発生したことに対し、業務上過失致死という視野も考慮するべき」と発言していたのでびっくりしたが、そんな捉え方もあるのだと考えさせられた。
長い間葬儀という仕事に携わってきた私だが、大津の事件を葬儀社的に考えてみると、悲しい通夜や葬儀に同級生達が参列したのだろうかということ。また、学級代表や担任、校長などの弔辞的なことがあったのだろうかと思ってしまう。
昔、ある男子中学生が亡くなった通夜での出来事。先天的な病気で短い入院期間で亡くなってしまい、ご覚悟をされていたとはいえご家族の悲嘆が強かったのは当たり前だった。
読経が終わり、ご導師が短い法話をされて退出され、続いてお父様が弔問者へ参列に対するご挨拶をされたのだが、それが終わっても同級生達は誰一人として式場を出ず、やがて始まったのが一人ずつマイクを手にして思い出話を語ることだった。
これは、もう時効になる時間の流れがあるので正直に書くが、担任の先生と私とが前以って癒しと慰めを目的としてシナリオを描いておいたものだが、中には楽 しそうに思い出話をする生徒もいたが、その姿を目にされるご両親が嬉しそうに聞き入っておられる姿を目に、不幸な中に少しでも不幸でないひとときプレゼン ト出来たと思ったし、先生が「彼ら自身が大切なことを学びました」と仰り、もう一度マイクを手にされたお父さんが「**の分も長生きしてください。**を どこかで思い出してやって欲しい。最高の供養になり**も喜んでいることでしょう、皆さん有り難う」と号泣された光景が印象に残っている。
今回の加害者となった生徒達が、そんな光景を目にしたら被害者の人生を大きく変えることはなかっただろうと考えてしまう。
私の時代もそうだったが、弊社の女性司会者も、喪主様のご挨拶のフォローとして、深いお悲しみにくれられるご遺族をお慰めするには、ご生前の思い出話が最高のお薬だそうですと言うことを参列者に伝えている。