2012-07-23

環状線の今昔  NO 2995


  昨日、所用があって環状線で大阪駅に行き、そこから東海道線の普通電車に乗ったが、これも新快速並みにぶっ飛ばす。東京に在住する人が大阪でJRの在来線 が怖いほど飛ばすと言っていたが、こらは大阪人特有と言われている単なる「いらち」が影響しているものではなく、問題になったJR西日本の元社長の発想が 齎した危険な結果だと考えている。

 そんな車内で広告が目に留まる。昔「北海道はでっかいどう」というキャッチフレーズがあったが、「求ム 旅人 北海道」というキャッチコピーがあり、大沼から撮影したと思われる駒ケ岳の写真があった。

 一方に「でっかい九州で話そう」というJRの広告もあり、そこには鹿児島の「桜島」と熊本の阿蘇「草千里」の写真があり旅愁を誘っているようだった。

 桜島が登場したところで我が大阪にも桜島という駅が存在していることを書いておこう。ユニバーサルスタジオがあるユニバーサル・シティ駅があるのが桜島(ゆめ咲)線で、大阪環状線の西九条駅から支線の最終駅が桜島駅となっている。

  昔、小学生の時代、寺田町駅から大阪駅まで子供料金は5円、大人10円で、確か「省線」なんて言葉があって焦げ茶色の電車だったと思うが、当時に桜島駅は 存在していた記憶があり、調べてみると、天王寺から新今宮を経由して弁天町、西九条をつなぐ環状線が全通したのは1961年だったが、西九条周辺の鉄橋の 事情があり、環状一周ではなく「のの字」の如く折り返し運転となっており、完全な環状線として運転が開始されたのは1964年だった。

 我が地の最寄り駅となる寺田町駅が設置されたのは昭和7年だそうだが、今月の1日に大阪環状線に唯一存在していた踏切が閉鎖されたニュースがあった。

  それは、天王寺駅と新今宮駅間にあった「一ツ家踏切」だが、朝のラッシュ時には関西線(大和路線)が並行していることもあり、1時間の内で54分も閉まっ たままというまさに「開かずの踏切」として有名だったが、この踏切で待たされる人達の「イライラ感」を静めるために発想された提案が、全国的に広まり、九 州の多くの踏み切りにも採り入れられるようになっていたことも知られる話である。

 人間の心情を落ち着かせる効果があると分析されたのが「ブルー系」の「照明」なのだが、鉄道を悩ませている自殺問題に確実に影響を及ぼしている「証明」事実もあるそうで、人の命にプラスとなっていることなら歓迎するべきであろう。

 因みに大阪環状線は一周で21.7キロで、約40分の所要時間となっているが、東京の山手線は34.5キロであり、一周すると約1時間なので、大阪より直径はかなり広い
ことになる。

  弊社の式場に来られるご親戚の方々や会葬者に皆さんのために、寺田町駅構内に広告看板が掲示されているが、内回り線と外回り線の階段が改札口に向かって合 流する場所なので、誰もがそこから続く階段で足元に目が行くののは当然で、上にある看板を目にされる方は1000人に1人もいないだろうと想像しており、 掲載料金が低いのだろうが、寂しい企画力の低さを指摘したこともあった。

 この「独り言」をご笑覧くださる方で、寺田町駅をご利用された際に、その看板をご確認いただき、ご感想をお聞かせいただけましたら幸いです。

 今日の写真は、過去にお手伝いをした高僧の墨跡展の一枚から。
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