2012-07-28

開会式の日  NO 3000


  ロンドンオリンピック開幕の日、奇しくもこの「独り言」が3000号を迎えた。号数表記の右手にある号数を確認すれば「230号分」も異なっており、リ セットして仕切り直しをした分を差し引いてもおかしく、随分と前に3000号を迎えている筈なのだが、どこでどう間違ったのかは振り返りたい思いもなく、 やがてこの日に達したものである。

 早朝から開会式の中継を観ていた。ポール・マッカートニーさんが登場した際に瞬時に「ヘイ・ジュード」を歌うと直感したら当たったが、ジョン・レノンさんが生きておられたら「イマジン」を歌って欲しかった思いも過ぎった。

 駄文の列記は2002年の3月1日から始めたものだが、この10年間に4回も入院した出来事があるのも事実で、その度に不思議と生還しているから発信を続けることが出来ている訳だ。

 4回の内の1回目は、丁度「塾」を始めた頃で、微熱が続き、ずっと点滴を受けていたのだが一向によくならず、徐々に食事を飲み込むのに痛みを伴うようになり、ついには水を飲み込むのにも難儀する症状となってしまった。

 その日、黒服に着替えて出勤したのだが、熱っぽさが酷くなり、咽喉の痛みも尋常でなくなり、会社の近くにある耳鼻咽喉科に飛び込んだ。

  口を開けて鏡のような器具で咽喉を調べた先生が、「う~ん!?」という雰囲気になり、「ちょっと苦しいけど我慢してね」と内視鏡を鼻から入れられたのだ が、数枚撮影された写真を見せられながら「すぐに入院しなければなりませんね」と言われ、紹介状を書いていただいて大阪赤十字病院の耳鼻咽喉科に午前10 時半頃に行った。

 広い待ち合わせの場に100人ぐらいの人が座っている。そんな後方に空いていたベンチ風の椅子に腰を下ろしたのはよいが、ネクタイは外したが黒い服のままなので気になって仕方なかった。

しかし、前夜から何も食しておらずフラフラ状態。もう駄目という感じで意識朦朧としてウツラウツラ。やがて名前が呼ばれたのは午後5時過ぎ。その時は立つことも出来ずに看護師さんが席まで車椅子で迎えに来てくれた。

 先生の診察を受ける。「こら酷いな。何も食べられないですね。入院です」と言われてそのまま病室へ入ったが、こんな病院に黒服のまま入院するなんてさぞかし驚かれたことと想像する。

 やがてその日の夕食が運ばれ、食事前に飲み込むゼリー状のものが添えられてあった
が、それを飲み込むのにも激痛があるので難しく、そのまま箸を付けずとなった。

 ずっと栄養剤と抗生物質のような点滴を受けていたが、毎日早朝に採血される他は何一つ治療らしきことはされない状態で3日間が過ぎた。

 心細く思ったのは先生が病室に回診に来られる際のこと。深刻な表情で「原因が分からないのですよ」と仰るのだから寂しくなる。勝手に<喉頭癌では?>なんて悲観するようになってしまっていた。

そんな先生が明るい表情で回診に来られたのは入院してから4日目のことだった。「原因が分かりましたよ。ひょっとしてと考えて血液の一部を特別に検査したら分かったのです」

 原因、それは恥ずかしながら「栄養失調」で、血液数値がはっきりと鉄分不足と亜鉛不足という数値が物語っていたのである。

 振り返ってみると、症状が出始めた頃は猛烈に忙しく、日に2食という状態が続いた事実があり、それらは微熱による食欲不振も拍車を掛けていたようだった。

 原因が解明出来たら治療対処が可能となる。先生の表情が明るくなったように、原因さえ分かれば何でもない症状だった。その日から点滴に亜鉛と鉄分の薬剤を加えると症状が劇的に緩和され、その3日後には嘘のように治癒してしまったのだからびっくりであった。

 入院から1週間で退院となったが、恥ずかしくて誰にも「栄養失調」なんて説明が出来なかった。

 後の3回の入院体験は後日に書くとして、今日の写真は恥ずかしい登場シーンでゲスト出演したテレビ番組から。当日のゲストは私の他に「岩崎良美」さんと「高嶋政宏」さんで、司会を担当されていたのは「辛坊治郎」さんだった。
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