2012-08-09
??月に想う NO 3008
8月という月は、我々日本人にとっては忘れてはならない大切な時期。広島、長崎、終戦とあるのだから現在の平和な社会に感謝をしたいもの。
そんな平和を象徴するようなオリンピックの祭典が行われているが、どこかの地で戦争や内紛が続いていることも事実だし、人間の「性」みたいな争いの種も永遠になくならないようである。
放射能というものは、そんな人間が創ってしまったもの。地震と津波から大被害を被った福島原発問題も大変だが、使用済み燃料棒の処理に対する答えも見つか らないのに見切り発車してしまったことは、まさにパンドラの箱というような歴史となるが、孫や曾孫の時代に負の財産として伝承する事実に背筋が寒くなって 来る。
昔、どこの家庭にもエアコンなんてなかったし、車に冷房なんて信じられない時代でもあった。青春時代に乗った車に冷房オプション もなく、直径20センチほどの扇風機をダッシュボードに着想するのが流行していたが、駐車場所と日当たりの問題から扇風機自体が熱くなり、ファンを回した 時の風の気持ち悪さは体験したものにしか理解出来ないと想像する。
そんなところから、当時の車の大半に三角窓が存在し、そこから取り入れる風が自然の冷房となっていたが、走行中でないと恩恵がなく、渋滞に巻き込まれたらそれこを地獄みたいな状況に陥ってしまった。
パワー・ウインドウ、パワー・ハンドル、パワー・ブレーキと次々に進化を遂げた自動車だが、ワイパーだけは昔のまま。塗布するだけで雨粒が弾け流れるという液体の存在があるが、やはりワイパーだけは不可欠のようだ。
当時はタイヤのパンクが多かった。舗装道路でない地道も多く、廃材を燃やした灰を道端に捨てるようなケースもあり、釘が山ほど落ちていたのだからどうにもならず、月に2、3回はパンク修理という災難もあった。
舗装道路で科学的に捉えたパンクのメカニズムというものがあった。現在のNHKの「アインシュタインの目」みたいな観点だが、落ちている釘を前輪で立た せ、一定の速度の場合に後輪に刺さるというものだったが、それらはホイルベースの長短で変化が生じ、パンクするのは運が悪いというのが結論だった。
さて、昨号で書いたが、自宅への葬儀の依頼の電話が続いている。すぐに当直のスタッフに連絡をして対応して貰っているが、オープン化している会社の電話番号ではなく我が家に直接電話をされる方は深い交流があるからで、私自身も参列しなければならないお客様なのである。
今日の写真は、あるお方のメモリアルコーナー設営中の一枚から。遺品となった作品や、お読みになっていた愛読書などもグローバルに考えたい。